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「ねえ、クラリスちゃん。どうしてわっちら、こんなとこで小汚いおっさんに太ももやお尻を触られながらお酌をしてるの?」
「文無しだからよ。それより、お酒の追加もらって来てあげようか?」
「あ、お願い。このスケベオヤジ、とっとと酔い潰しちゃうから」
ソフィアにボッタクられて一文無しになってしまったあたしたちは、腸が煮えくり返るほど不本意ではあったけど、本来ならソフィアがアルバイトで入るはずだったキャバクラで代理のアルバイトをすることにした。
そこまでは良いんだけど、ホステスとして採用されたのはヤナギちゃんだけ。
あたしはタキシードを着せられてボーイをやらされて、ハチロウくんはカウンター裏でひたすら洗い物をしている。
人間恐怖症のマタタビちゃんはもちろんこんな場所に来れないから、ソフィアの教会で治療が終わった少女の介抱をしている。
「へぇ、あの教会って、やっぱりここらへんじゃ有名なんだ」
「悪い意味でな。それより、このあとどうだい? もう少し付き合わねぇか?」
「ごめんなさぁ〜い。わっち、イケメンにしか興味ないのぉ」
アフターを断るにしてももうちょっと言い方があるでしょ。と、ツッコミたい気持ちを押さえて、あたしはさっきまでヤナギちゃんにボディータッチやセクハラを繰り返していたオッサンがお会計を済ませたのを確認してから外へ摘み出した。
「もう、最悪。脂っこいハゲデブのオッサンに触られまくったせいで体がベタベタしてるよ。ちょっと作り直して良い?」
「良いけど、店の裏でしなさいよ。ついでに、オッサンたちから聞き出した情報も教えて」
「はいはい。かしこまり〜だよ」
あたしは店長にヤナギちゃんを化粧直しがてら休憩させてくると断って、裏口から外に出た。
途端にヤナギちゃんの体が淡く光ったから、早速体を作り直してるんでしょう。
「そういうとこ、本当に便利よね。しかも不老不死なんだから、転生者並みのチートじゃない」
「体を維持している間は龍脈に接続し続けなきゃいけないから、言うほど便利じゃないよ? しかもリソースをほとんどを術式の維持に費やしてるから、他の魔術は精々中級までしか使えないし」
いやいや、世の中で不老不死になりたがってる人がどれだけいると思ってるのよ。と、ツッコんだから話が脱線すると思ったあたしは、酔っ払いのスケベオヤジ共から聞き出した情報を話せと視線で催促した。
「じゃあ、まずはソフィアさまの情報からね。と、言いたいところだけど、これと言って目立った話はないんだよね。ソフィアさまが言ってたことは本当だし、信者の数は少ないけど人望があって、イチハラではちょっとした有名人。強いて言うなら、あの破天荒なハイテンションを外では見せてないくらいかな」
「へぇ、あの生臭シスター、外じゃ猫かぶってるんだ。他には?」
「拾ったあの子のことっぽい話が聞けたかな。ほんの一週間ほど前に、ここからずっと南のボウソウってところで犬士たちとタマズサの郎党が小競合いしたっぽいんだよ」
「じゃあ、あの子って犬士なの? それともタマズサってやつの手下?」
「タマズサの郎党は全員人間って話だから、そうだとしたら犬士だね。体の何処かに文字が書いてなかった?」
「あったあった! たしかこんな字。孝って読むんだっけ?」
「うわぁ……。よりにも寄って孝だったかぁ。じゃあ、あの子が大事そうに抱えてた刀がムラサメだ」
「どうしてわかるの?」
「聞き齧りだけど、犬士たちのリーダーは代々『孝』の犬士が務めてて、ムラサメって名前の神具も継承してるらしいんだよ。しかも、今代の『孝』の犬士は毛むくじゃらの犬耳が特徴的な黒髪美少女なんだってさ」
「なるほど。完全にあの子との特徴と一致するわ。でも変ね。その話ってさっきのスケベオヤジ共から聞いたんでしょ? それなのに、魔族との混血に忌避感が無いような感じに聞こえたけど?」
「あ、それはわっちも不思議だったから聞いたんだけど、どうやらチバ県、特にボウソウに近くなればなるほど、魔族への偏見が薄くなるみたいなんだよ。北と言うかトウキョウに近づくと、今度は逆みたいなんだけどね」
「ふぅん。事情はわかんないけど、偏見や差別がないのは良いことだわ」
と、言うことは、マタタビちゃんも普通に町中を歩いても迫害なんてされないのかしら。と、疑問に思うなり、「あ、でもやっぱり、魔猫族は駄目っぽい」と、ヤナギちゃんが希望を打ち砕いた。
でも、ヤナギちゃんの瞳は興奮を我慢しているかのように爛々と輝いている。
「あと、もう一つ。さっき出たタマズサなんだけど、どうも赤い髪の長寿族って噂があるそうなんだよ」
「ちょっ! それってもしかして!」
「そう! 姉さんかもしれないんだよ!」
ハッキリとしたヒントが今までなかったんだから、これは朗報と言って良い。
でも、ふと思った。
あたしたちが道中拾って、素寒貧にされてまで治療してもらったあの子は件のタマズサと敵対している。でもタマズサには、ヤナギちゃんのお姉さんかもしれないと思わせる噂がある。
これ、どうなるの?
あたしはどっちの味方をすればいいの?
あたし的には悪人の味方はしたくないけれど、今この時点ではどっちが悪人なのかわからない。だから、新たにヤナギちゃんのお姉さんの居場所のヒントが出て来ても、素直に喜ぶことが出来なかった。
「ん? ちょっと待って? あの子が犬士ってことは、マタタビちゃんと一緒にしてたらヤバくない?」
「どうして……あ、そっか。たしかマタタビちゃんのお爺ちゃんは……」
「そう! 犬士の敵だったのよ! こうしちゃいられないわ!」
どっちの味方をするかなんて悩みが、マタタビちゃんと犬士の因縁を思い出した途端に吹き飛んだ。
あたしは居ても立っても居られなくなって、ヤナギちゃんとハチロウくんを残して慌てて教会へ戻った。