9-8
「ねえねえ、今どんな気持ち? 僧侶だと侮って殴り掛かったらあえなく返り討ちにされて、しかもその本人に治療されるってどんな気持ち? ねえ、教えてよクラリスちゃん。ねえ、ねえ、ねえ」
「うっさい。お金は払ったんだから、黙って治療してよ」
褐色銭ゲバ生臭シスターことソフィア・フランの反撃は、あたしが思っていたよりも深刻なダメージを身体に刻みつけていた。
カウンターを食らってすぐはそうでもなかったんだけど、時間が経って頭が冷静になるにつれて身体が言うことを聞かなくなっていった。
ハチロウくんの魔術での診断によると、折れてこそいなかったものの、体中の骨にヒビが入っていたらしい。
「ったく。あたしは軽く小突く程度の力で殴ったのに、どうしてこんな目に遇うのよ」
「小突く? アレが? ワタシが50年ローンで建てたこの教会ごとぶっ飛ばしそうだったアレが? それ、本気で言ってるなら致命的に頭が悪いよ? 控え目に言って馬鹿だよ? って言うか、どうしてその十倍以上のダメージを食らって生きてるの? 化け物なの?」
「あ~、はいはい。馬鹿でも化け物でも良いから、とっとと治してちょうだい」
ムカつく人だけど、強さも治療の腕も確か。
ハチロウくんが匙を投げたせいで有り金を全部取られたけれど、ソフィアは礼拝堂の長いすに寝かせられたあたしと拾った少女の治療を同時に行っている。
「す、凄い治癒速度ですね。それ、神話級魔法並なんじゃないですか?」
「あら? 君は魔術師でしょ? それなのに、法術に興味があるの?」
「いや、興味と言うか、単純に原理がわからなくて……。だってそれ、魔力をほとんど使っていませんよね? それなのに、治癒速度が上級治療魔術以上。もしかしたら、神話級並みじゃないですか」
「そりゃあそうよ。ワタシがお借りしているのは主の御業。人がそれを真似しようとして創った魔術ごときと一緒にしてもらっちゃ困るわ」
「魔術が、真似事?」
「お? 気になる? じゃあ、しょうがない。治療の暇つぶしがてら、今ならたったの十万円で法術がどれだけ偉大かつ崇高で、魔術が如何に下賤な術かLectureしてあげるわ!」
「いえ、結構です。と、言うか、お金がもうありません」
「なんと! 聖女と呼び讃えられたワタシの説法が聞きたくないと!? いくら魔族と言っても、それは不信心過ぎるよ! もしここに異端審問官がいたら即座に異端認定されて拷問されても文句が言えないほどの冒涜だよ!」
「い、いや、だからお金が……」
「君くらいの美少年ならお金なんてどうとでもなるでしょ! 町に行けば飢えた中年女性がいっぱいいるから体売って稼いで来い!」
クラーラにしてもそうだけど、メシア教のシスターって性格に難があるどころか破綻してる人ばかりなのかしら。と、頭の中で呆れていたら治療が終わったから、あたしはハチロウくんとソフィアの間に割って入った。
「あら、もしかしてまたやるつもり?」
「これ以上、あたしの仲間を困らせるならそうする。今度は油断なしの、正真正銘の本気で」
この距離なら、ソフィアが詠唱を終えるよりも先に殴れる。
でも単純にメリットがないし、少女の治療も終わっていない。
それに、ソフィアはタムマロの元パーティーメンバー。つまり、あたしが逆立ちしたって敵わないお爺ちゃんと同格、もしくはそれ以上。
そんな人と無策でやり合いたくはない。
「意外と冷静だね。この距離なら、ワタシが祈りを捧げ終わるよりも早く殴れるよ? Revengeできるよ?」
「それ、この距離でもどうにかなるって言ってるように聞こえるんだけど?」
「そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……。まあ、そう受け取ってもらっても良いかな。実際、クォン老師ならともかくあなた程度ならどうとでもなるし」
あたし程度なら……か。
まあ、そう言われても仕方がない。
実際に、あたしよりも強い人は掃いて捨てるほどいるはず。
お爺ちゃんやタムマロ、たぶんアリシアさんもだし、ソフィアもそう。龍王たちも、純粋な殺し合いならきっとあたしよりも強い。
「へぇ、怒らないんだ。これまた意外。少しだけ見直してあげるよ」
「そりゃあどうも。で? その子の治療はどうなのよ。まだかかるの?」
「もう少しかな。と、言うのも、この子が負ってる傷って特殊でさ。単純な治療法術じゃ治せないのよ」
「やっぱり、呪い的なものがかかってたの?」
「まあ、そんなとこ。それの解呪も同時にやってるから、相応に時間がかかるよ。もっとも、ワタシじゃなきゃどちらか片方もできなかったろうけど」
それはつまり、治療に関してはクラーラ以上のことをしてるってことになる。
死体さえ残っていれば死者さえ蘇生させるほどの魔法を扱えるクラーラですら、きっとソフィアと同じ真似はできないと思う。
その事実に半ば戦慄しているあたしのことなど気にせず、ヤナギちゃんが長いすの背もたれ越しに身を乗り出してソフィアに話しかけた。
「ねえねえ、ソフィアさま。どうしてソフィアさまは死んだことになってるの?」
「自由になりたかったから……かな。ほら、ワタシって見た目も性格も完全無欠の聖女じゃない? ブリタニカ王国にいた頃からそうだったのに、魔王討伐の功績まで加わって御覧なさい。きっと司祭どもの権力闘争に利用されるだけ利用されて飼い殺しが関の山だよ」
「だから、死んだことにして逃げたの?」
「死んだことにしたって言うか、本当に一度死んだのよ」
「でも、ソフィアさまは生きてるじゃない。もしかして、法術には死んでも生き返れる術があるの?」
「あるけど、それは使ってないよ。だって、その術で生き返れるのは三日後なんだもん。だから、あの時は使えなかったんだよね。あ、そう言えば昔、その奇跡を使った時にタムマロが『残機プラス1って感じ?』とか、訳わかんないことを言ってたっけ。まあとにかく、そういうわけで使ってないよ」
「じゃあ、どうやって?」
「ウィロウと取引した」
「へぇ、そうなん……へ? ウィロウってたしか、魔王四天王の……」
「そう。通称、青い髪のウィロウ。彼女を取り込んで浄化する際に、取引を持ち掛けられてさ。面白そうだから乗っちゃった」
「じゃ、じゃあ、ウィロウもどこかで生きてるってこと?」
「彼女、ヤナギちゃんと同じで幽霊だよ? だからとっくの昔に死んでるよ」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
今もどこかに存在しているのか。と、ヤナギちゃんは聞きたかったんでしょう。
ソフィアも、それはわかっているはず。
もしかして、誤魔化してウィロウのことを有耶無耶にしようとしてるのかしら。
「さっき、ワタシは本当に死んだって言ったよね? 法術も使わずに、どうやって生き返ったと思う?」
「え? それは……。わかんない」
「本当に死ななきゃ、タムマロの目は誤魔化せない。だからワタシはウィロウを浄化するふりをして、実際は同化したのよ。一度死んじゃったのはその影響ね。同化する際に魂が肉体から離れちゃったせいで、心臓が止まっちゃったのよ」
「じゃ、じゃあ、あなたはソフィアさまじゃなくて……」
「身体はワタシの自前だけど、魂はウィロウでもありソフィアでもある。もちろん、両方の記憶もちゃんとあるよ」
世間話でもするような気楽さで、生臭シスターはとんでもないことを暴露した。
あたしの目の前で拾った少女の治療を続けているソフィアの中身、その半分はかつての魔王四天王の一人で、しかも何かしらの取引をしてて、世間的には死んだことにしてる。
それが本当だとしたら、どうしてあたしたちに名乗った?
どうしてそれを暴露した?
あたしたちがタムマロの知り合いじゃないと思ってるから?
いいや、それはない。だってソフィアは、あたしとお爺ちゃんを比べた。それはつまり、戦い方からあたしがお爺ちゃんの弟子だと予想したってこと。疑ってる程度かもしれないけれど、タムマロに繋がりかねないあたしに秘密を話す?
いいえ、あり得ない。
ソフィアが本当の馬鹿でもない限り、それは絶対にない。
と、言うことは、あたしたちに話しても問題ない。もしくは、話さなくてはいけない理由があるからだと思う。