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母の記憶は、当時を知る人以外には歪められて伝わっている歴史の真実。
それだけでわたしの知識欲はこれでもかと燃え上がっているのですが、母と四天王のプライベートがそれをさらに過熱します。
今回の夢は、そんなプライベートの一幕。
どこかの廃屋で、十代前半くらいの顔立ちのシルバーバインとエイトゥスに母が何かを教えています。
「ねえ、お姉さま。これで良いのかニャ? うち、ちゃんとできてるかニャ?」
「うん。上手よ、シルバーバイン。エイトゥスはどう?」
「ぼ、僕にはやっぱり無理です。術式無しで魔力を炎や水に換えるなんて馬鹿の考えです。現実的じゃありません」
「あ! エイトゥスがお姉さまを馬鹿って言ったニャ! お姉さまは魔王さまニャんだから、馬鹿って言っちゃ駄目ニャ!」
「ああ、ごめんごめん。そこは謝るよ。でも、だったら言わせてもらうけど、君もいいかげん、お姉さまって呼ぶのをやめて魔王様って呼びなよ」
もう一押しあれば即座に取っ組み合いを始めそうなほど二人は睨み合っていますが、母をそれを微笑ましそうに目を細めて眺めています。
それは良いのですが、母が二人に教えていた内容を鑑みると、エイトゥスのリアクションは当然です。
いえ、わたしが魔術師だからこそ、母が二人に伝えた技術が理解できなかったのです。
「でもお姉……魔王さま。うちは魔力が少ないから、爪の先に火を灯すのが精一杯ニャ。これじゃあ、人間をぶっ殺せないニャ」
「それはまだ慣れてないからよ。魔力が少なくても、あなたのイメージ次第で温度はどこまでも高くなるし、鋭くなるわ」
「いやいや! だから、それがありえないんですよ! 良いですか? 魔王様。魔王様が言ってるのは、一本の薪を触れもせず、鉄をも溶かす温度で燃やすようなものなんです! 本来なら、初級魔術すら使えない量の魔力しか持たないシルバーバインには爪の先とは言え火を灯すことすらできないんです!」
「でも、あたしはほんのちょびっとの魔力でできるよ? ほら」
「ほら」と、言うと同時に、母は目の前に掲げた右手の人差し指から青白いお炎を発して、手偽果にあった木片を焼き切りました。
ギフトはもちろん、魔力感知魔術も使えませんから、母が炎に換えた魔力が本当に「ほんのちょびっと」なのかわかりません。
わかりませんが、常識で考えると「ほんのちょびっと」の魔力で母がしているような真似はできません。
魔術で母と同じ熱量の炎を出すには、最低でも中級魔術相当の魔力が必要です。
「もっと熱くなれ。って、思えばいいのかニャ?」
「少し違うかな。こう、何て言ったらいいのか、これはとっても熱い火だって考えずに思い込む感じ。あたしの指先の炎をよく見て、自分の指先から出てる火も同じだって……って、できてるじゃない」
「あ、ホントだニャ!魔王さまの火を見てたらこうなったニャ!」
シルバーバインの右手の人差し指に、母の指先の炎と同規模の熱量がありそうな炎が灯っているのを見て、エイトゥスが「なんでできるの!? いや、そもそもどういう原理でそうなってるの!?」と、狼狽して叫んでいます。
もちろん、わたしも同じ気分です。
「これを指全部でやったら……。お、できたニャ! 魔王さま、見て下さいニャ!」
「おぉふ……。あなたって本当に凄いわね。まさか初日でそこまでできるようになるとは思ってなかったわ」
「やった! 褒められたニャ! どうニャ? エイトゥス。うちは凄いニャろ? ん? エイトゥス? 魔王さま。エイトゥスが変ニャ。大口開けたまま固まっちゃニャ」
「たぶん、ビックリしすぎて気絶しちゃったんでしょ」
たったの一度でコツを掴んだのか、シルバーバインは十本の指全てから青白く鋭い炎を発しました。
魔術の常識を破壊しかねないほど出鱈目なことをされたら、魔術師なら誰だってエイトゥスのような反応をします。
それはわたしも例外ではありません。
今は意識だけの状態だから気絶できないだけで、そうじゃなかったら気絶するだけでなく頭の血管がぶち切れていたでしょう。