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「Welcome! 我らが父の仮宿へ! あなたが、幽霊ちゃんが言ってたクラリスちゃんね? 歓迎するわ! 」
「え? あ、どうも……」
教会に入るなり褐色の肌が特徴的な二十代中盤くらいのシスターが、教会内に響き渡るほど大きな声で歓迎してくれた。
シスターとは思えないハイテンションに若干引いちゃったけど、オオヤシマ人には見えない肌色と顔立ちが、「あ、マタタビちゃんがどこかに隠れた」と、視線で探せる程度にはあたしを冷静にさせた。
この人、どこの出身なんだろう。
見た目の特徴だけで言えば、エジェプ人かインディア人が近いけど、出会いがしらの「Welcome」のイントネーションは、生まれも育ちもブリタニカ王国のあたしが聞いても違和感を感じないほど自然だった。と、なると、考えられるのは何十年か前にブリタニカに連れて来られたアーフェ大陸の奴隷、その人たちとブリタニカ人の混血かつ、二世か三世だと思う。
「あれあれ~? 暗い顔しちゃってどうしたの? あ、もしかして、ワタシの出自を予想しちゃった?」
「い、いや、そういうわけ……」
「だよね? まあね、うん。わかるよ。オオヤシマはもちろん、ブリタニカ王国でもワタシの肌色は珍しいもんね。でもご心配なく! 改宗するなら滅ぼさない! 信じる人だけ救ってあげる! 隣人を偏愛し、右の頬を打たれたら左の頬にドロップキック! と、教えているくらい、我らが父は寛大だから!」
「いや、あたしには狭量に思えるけど? リオスペクト風のディスりに聞こえたけど? もしかして邪神を崇拝してる?」
「なんと! それは大変失礼いたしました! 何分ワタシ、オオヤシマに来て八年ほどしか経っていないため、オオヤシマ語の表現には不慣れなのです! だから許してください! そのついでに入信してください! オオヤシマではジンジャやテラの権威がもの凄くて、八年頑張っても入信者は五十に届かずお布施も雀の涙。ぶっちゃけお金がありません! 明日食べるものすら買えません! だから入信してお布施をくださいお願いします!」
「い、いや、そういうのはちょっと……」
「断るんだったら治療費寄こせ! 白蛇族の男の子がワタシの教会の長椅子に勝手に寝かせたその大神クォーターの治療はしてやるから治療費Please! 具体的に百万円!」
たしかオオヤシマでは、物欲に塗れた僧侶を生臭坊主って呼ぶんだったかな。と、褐色シスターの勢いに押されながら思ってしまった。
それと同時に悩んだ。
道中拾った少女を助けてあげたいと思って教会を探し、見つけたから来たけれど、縁も所縁もない人に百万円も払える?
あるわよ?
ナゴヤでタムマロから受け取った百万円は、そっくりそのままヤナギちゃんに預けたからキッチリ管理されているはず。だから、払おうと思えば払える。
でもそのお金はクラーラがポンコツの今、あたしたちの生命線でもある。
ヤナギちゃんとハチロウくんが良く先々で稼いでくれているけれど、それができなくなった時はそのお金に頼るしかない。
それを、道端で拾っただけの他人のために使える?
「さあ! 入信して有り金全部お布施としてして差し出すか、その子の治療費として百万払うか! どうする? どうしちゃう? さあ! さあさあさあ! ワタシは今晩、町のキャバクラでホステスのバイトをする予定を入れてるんだからとっとと決めて! 寝ないと死ぬの! 寝ずに酔っ払ったスケベオヤジの相手をするとか地獄なの! 昼寝したいの! だからほら、払っちゃいなさい。そうすればワタシはバイトをドタキャンしてスケベオヤジの相手をしなくてよくなって久しぶりに美味しい物を食べれるし、何も考えずに今晩はグッスリ眠れる。あなたは人助けした優越感に浸れる。winwinでしょ?」
「いや、あたしの負けだよね? どっちに転んでもあなたのボロ勝ちだよね?」
「なんと狭量な! ああ! 我らが偉大な父よ! 胸も心も小さい憐れな小娘をお許しください! でもワタシにはお慈悲をください! もちろん現物で! 具体的に言うなら金!」
「よし、喧嘩を売られてるのはわかった。ぶん殴ってやるからそこに直れ生臭シスター!」
怒りが沸点に達したあたしはゴールデン・クラリスを発動し、褐色シスターの頭どころか協会ごとぶっ飛ばすつもりで殴り掛かった。
でも、そうはならなかった。
魔力が籠ったあたしの拳が届くと同時に、その何倍も大きな衝撃が襲ってきてあたしを教会の外まで吹き飛ばした。
あたしがゴールデン・クラリスを発動するよりも前、「喧嘩を売られた」云々と言っている間に「主よ。我を傷つけようとする者に寛大なる慈悲を」と呟いていたのは聴こえていたけれど、まさかそれが、詠唱だとは思わなかったわ。
「いっ……痛ぅ……。初めて見たけど、それが法術ってやつ?」
「そうだよ。ワタシが使ったのは、『右の頬を打たれたら相手の左頬にドロップキック』の教えを、主のお力をお借りして具象化したもの。今のワタシに攻撃したら、十倍以上のダメージが跳ね返るから注意してね。あ、ちなみにワタシはノーダメ」
「何よそれ、とんでもないチートじゃない」
予想外の反撃を食らって立つこともできないあたしに、壊れた扉から悠々と歩み出て来た褐色シスターはが両手を腰に当てるばかりかふんぞり返るほど自信満々にドヤ顔晒して言ったから何とかそう返してたけど、本当にチートに近いと思う。
あたしが知る限り、そんな芸当は魔術ではできない。
クラーラですら物理的、魔術的な攻撃の無効化はしても、自身はノーダメかつ十倍以上の威力があるカウンターを返したことはなかった。
魔術や魔法を試すのが三度の飯より好きなクラーラがよ?
と、言うことは、褐色シスターと同じ真似は魔術ではできないと仮定できる。
「いいね、その顔。本気で驚いてる。魔道に関してはそれなりの知識と実体験があるけど、その対極と言ってもいい法術……いえ、神道に関しては、まったくの無知だったみたいだね」
「ええ、そうよ。認めるわ。あたしは法術の存在は知っていても見るのは初めて。間違ってたらそうだと言ってくれていいんだけど、もしかして法術って、転生者のチートに近い力を神さまから借りる術?」
「うん。大きく間違ってはいないよ。法術とは、俗に転生者と呼ばれる人たちに力を授けた主の御力を借り受ける秘術。聖人や聖女と呼ばれるレベルの人なら、これくらいは余裕だよ」
それ、魔術師で言うと何級……いえ、何位相当?
と、疑問が頭に浮かんだけれど、褐色シスターはそれを口から出させてはくれなかった。
褐色シスターは「言いたいことはわかる! でも、今は聞け!」と、断ってから一息つき、それを上回るほど大きく息を吸い込んでから胸を張り、名乗りを上げた。
「ワタシの名はソフィア! 巷では死んだことになっている、魔王を討伐したサカノーエ・タムマロが率いたパーティーメンバーの一人。褐色の聖女と讃えられているソフィア・フランよ!」