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「ねえ、ヤナギちゃん。これ、どうしよ」
「どうするもこうするも、見つけちゃったからには放っておけないよね」
「だよね。でもさぁ、この人って人間だよね? マタタビちゃんがどう反応するかが心配だよ」
イチハラへの道中、血の匂いに誘われたあたしがマタタビちゃんとハチロウくん、ついでに故障中のクラーラを馬車に残してヤナギちゃんと一緒に茂みに踏み入ってみると、そこにはニホントウを大事そうに抱きしめて、白い着物を左肩から右脇腹にかけて赤く染めた長い黒髪が特徴的な女の子 (たぶん同い年くらい)が、木を背もたれにして気絶していた。
ここ最近の出来事で人間嫌いになりかけてるけど、さすがに死にかけてる人を放っておけるほどあたしは薄情じゃない。
「いや、大丈夫だと思うよ。だってこの人、たぶん魔族だから」
「へ? そうなの? あたしには人間にしか見えないんだけど?」
「ぱっと見はそうだよ。でも髪の毛に隠れてる耳の全体に毛が生えてて微妙に尖ってるでしょ? それにほら、これ見て。犬歯が人間より長くて鋭いし舌も長い。これって、獣系魔族と人間の混血の特徴なんだよ」
「半死人の耳をこれ見よがしに引っ張たり口を開いて舌を引っ張り出したりするな。は、置いといて。じゃあ、この人は純粋な人間じゃないのね? 間違いない? マタタビちゃんが見てもトラウマを刺激されない?」
「平気だと思うよ? 動物の犬と猫は中が悪いけど、魔描族と大神族はそんなことないもん」
でもこの人、何割かは人間なんでしょ? と、言いかけたけどやめて、馬車へと運んだ。
その際に傷口を確認したけど、不思議な傷だった。
真新しく、パックリと裂けているのに血がほとんど止まってるし、異常なほど綺麗に切れていた。
あたしは刃物に詳しくないけれど、こんな風に人を斬れる武器が存在するのかしらと、疑問に思ってしまった。
「あ、戻ってきた……って、どうしたの!? その人! 大怪我してるじゃないですか!」
「そうよ。だからクラーラはしばらくほっといて、この子を治療してあげてくれない?」
馬車に寝かせると、ハチロウくんは言われた通り治療をし始めた。
怯えるくらいはするかなと思っていたマタタビちゃんは意外と平気だったみたいで、あたしの背中に隠れながらだけど興味深そうに女の子を覗き見ている。
「どう? 助かりそう?」
「僕が使える治療魔術じゃ無理かも。だってこれ、普通の傷じゃないよ」
「どんな風に普通じゃないの?」
「魔術と言うより、魔力そのものを弾いちゃうんだ。もしかしたら呪の類かも。これを治療できるとしたら死者蘇生魔法か、法術くらいだと思う」
「と、なると……」
このままだと、この子は助からない。
助けるためにはクラーラを治すか、ブリタニカ王国で言うところの神父さまに相当する人を探す必要がある。
「ヤナギちゃん、先行してそれっぽい人を探して来てくれない?」
「かしこまりっ! まっかせといて!」
いや、何よその返事。どっかの酒場で覚えたの? と、ツッコむ前に、ヤナギちゃんは手の平サイズまで体を小さくして虫のような羽を背中から生やし、飛んで行ってしまった。
「じゃあ、ハチロウくんは馬車の速度をあげて運転に集中して。マタタビちゃんはあたしを手伝って。気休めにしかならないかもしれないけど、応急処置をしとくわ」
手短に伝えると、二人はそれぞれ「了解しましたニャ」「うん、わかった」と返して行動し始めた。
「さて、取り敢えず脱がすか。マタタビちゃんは包帯と傷薬を荷物から出しておいて」
元気よく右手を挙げて「はいニャ!」と答えて荷物を漁り始めたマタタビちゃんを尻目に、あたしは女の子の着物を脱がし始めた。
まだ幼さは残ってるけど、オオヤシマ美人と呼べるほど綺麗なこの子の裸を、生々しい傷がなければ堪能できるのになと思いながら。
「胸の傷以外は無いわ……ん? 左腕のこれ、何だろ。文字?」
女の子の左腕には、3cm角くらいの大きさの黒い文字が刻まれていた。
たぶんオオヤシマで使われてるカンジってやつだと思う。
「お姉さま、用意できましたニャ」
「ありがと。あ、そうだ。マタタビちゃん、この文字、読める?」
「文字? えっと……『孝』って読むニャ。たしか、両親を大切にするって感じの意味があるニャ」
「へぇ、たった一文字に、そんな意味があるんだ」
オオヤシマ語は言葉自体も難しいけど、文字はもっと難しい。
西欧諸国で例えるとアルファベットに相当するひらがな、カタカナに加えてカンジまで織り交ぜて文章を作るんだもの。
ちなみにあたしは、タムマロに教えてもらってひらがなとカタカナは覚えたけど、カンジは簡単なもの以外は覚えるのを諦めた。
タムマロが言うには、あたしはショウイチレベルのカンジしか読めないらしい。
と、昔を懐かしみながら傷薬を塗り、包帯を巻いた。
「よし、こんなもんかな。あとはヤナギちゃん待ちね」
最悪、神父さま的な人が見つからなくても医者に見せればどうにかなるかもしれない。
そんな風に思いながら前方の景色を眺めていたら、ヤナギちゃんが言葉通り飛んで来て馬車の縁に着地した。
「どう? 見つかった?」
「うん! 見つけたよ! もう10分ほど進んだところにある十字路を左に曲がると小高い丘があるんだけど、その上に建ってる教会のシスターさんが見てくれるって!」
「そう、わかった。ハチロウくん、聞こえた?」
「うん、聞こえた。じゃあ、急ぐね」
ハチロウくんの返事に呼応するように、馬車の速度がさらに上がった。
それは良いんだけど、ふと疑問に思った。
どうしてオオヤシマに教会があるんだろう。
あたしはそれに相当するジンジャかテラを探すよう言ったつもりだったのに、ヤナギちゃんが見つけたのは教会。しかも、「シスターさんが見てくれる」と言った。
どうして無事なの?
ブリタニカ王国どころか他の西欧諸国にも教会と言う名の支部を置き、国によっては王族以上に権勢を誇っているメシア教は、エクソシストと呼ばれる対幽霊専門の始末屋を各国に置くほど幽霊を毛嫌いしているのに、どうしてヤナギちゃんは退治されずに戻ってこれたんだろう。




