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クラリスとクラーラ ~魔王を倒した勇者に導かれて旅をしていたら大魔王になっていました~  作者: 哀飢え男
第九章 あ、やっと治った/これ、どういう状況ですか?
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9-3

 母の夢は、わたしにとって本当に有意義なものです。

 わたしですら目を背けたくなるなるような凄惨な場面や母と四天王たちが傷つく光景もありましたが、人間が支配する世界ではけっして知ることができない光景が大半でした。


「どう? エイトゥス。順調?」

「ええ、順調です。魔王様。順調すぎて怖いくらいです」


 今回の夢も、人間の世界ではけっして知ることができない事実。

 魔王城の地下には、敷地の軽く十倍はありそうな広大な空間が広がっていました。

 その中心、母の目の前には天井を貫かんばかりに巨大な水晶がそびえ立ち、淡く輝いて地下空間を真昼のように照らしています。

 欧州各国によって魔王城は調査されているはずですが、城の中央にそびえ立つ巨大な水晶は発見されたものの、ここは発見されていないはずです。


「十年はかかると思ってたのに、たったの一年で掘っちゃうんだもんなぁ。もう二層目に取り掛かってるんだっけ?」

「すでに半分、終わっています。土竜族(ノーム)鋼人族(ドワーフ)等々、交流が無かったとは言え穴掘りが得意な種族を甘く見過ぎていました。掘りだした土砂や岩を外へ運ぶ作業が追いつかないほどの速度で掘ってますよ」

「土砂の運び出しって、魔獣軍と魔竜軍がほぼ総出でやってるんでしょ? それでも追いつかないの?」

「はい。なので、土砂や岩を塵塊投擲魔術(ダスト・キャノン)の要領で固めたあと、空中転送魔法(ファフロツキーズ)で人間の国に降らせる案が出ています」

「この空間にあった土と岩を? 小さな町なら余裕で埋めちゃえる量があるわよ?」

「兵たちにこのまま魔力と体力を消耗させ続けるよりは良いですし、復讐もできて一石二鳥だと思います」

「じゃあ、やればいいじゃない。もしかして、あたしが止めると思ったの?」

「何度も言いましたが、魔王様はこの国の……いえ、魔族の王です。そのあなたに断りもなく、そんなことが出来るわけがないじゃないですか」

「王様ってガラじゃないんだけどなぁ……」


 心底うんざりしたように溜息をつきながら、母は周りを見渡しました。

 魔族が人間よりも身体能力が高いからか冗談のような速度で家が建てられ、畑や田んぼも開墾されています。各種族の得意分野と魔術も計画的に利用しているようですね。

 このペースなら、一ヶ月ほどで立派な農村が出来上がるでしょう。

 

「ねえ、エイトゥス。怒らないで聞いてくれる?」

「僕が怒る? 魔王様に?」

「うん。魔王城を建設してる時も……いや、魔族の生活を目の当たりにするようになって思うようになったんだけど、これを言っちゃうと、あなたたちを怒らせそうだから今まで言えなかったの」

「……興味深いですね。何ですか? いえ、お待ちください。念のため、防音結界魔術サウンド・プルーフィングを張ります」

「ありがと。エイトゥスの察しの良さには、本当に救われるわ」


 母の感謝を笑顔で受け止めたエイトゥスが呪文を呟くと、周りの騒音が消え去りました。

 聴こえるのは、母とエイトゥスの息遣いと衣擦れの音だけです。


「結界は張り終えました。これで、僕たちの会話は外には漏れません」

「そう、じゃあ、話すわね。あ、でもその前に。この話を絶対にシルバーバインには聞かせないと約束して」

「……聞かせると、暴走でもするのですか?」

「暴走程度で済むのなら、こんな約束はさせない。あの子が聞けば、最悪自殺しそうなのよ」

「シルバーバインが自殺!? いや、ちょっと待ってください! 人間への復讐と魔王様に可愛がってもらうこと以外考えていないアイツが自殺しかねない話って、どれだけとんでもない話なんですか!?」

「落ち着きなさい、エイトゥス。まだ話してもいないのにそんなに動揺されたら話せないじゃない」


 母の言ったことがもっともだと思ったのか、エイトゥスは胸に手を当てて大きく息を吸い込み、次いで細く長く吐きました。

 それを数回繰り返して聞く準備ができたことを視線で伝えると、母は結論から語り始めました。


「魔族は人間が、人間のために造った生き物。あたしはそう考えてるわ」

「そんなっ……! いえ、失礼しました。続きをお聞かせください」 

「そう? じゃあ、続けるわ。あたしたちがまだ魔王軍と呼ばれるようになる前……呼ばれる切っ掛けになった、エジェプ侵攻のあとに会った長寿族(エルフ)のことを覚えてる?」

「たしか、奴隷として酷使されていた魔族を連れてスカーレット・シーを渡った時に会った、齢1500歳を超えるとうそぶき、三賢者と名乗る老人でしたね。魔王様が初めて神話級魔法を使ったときのことなので、よく覚えています。彼らはどこからともなく現れて、魔王様にこう言いました。曰く、『それらは道具ぞ? 由来も知らぬ道具をどうして憐れむ?』と」


 母の夢は驚きの連続ですが、これはその中でもトップレベルの驚きです。

 三賢者と聞いて私が思い出せるのは、東方より訪れて今の西欧諸国に文明の基礎を伝えたと正史に記されているメルキス、バータザル、カスパの総称です。

 長寿族(エルフ)が魔族に分類されながらも迫害の対象にならず、地方によっては崇拝の対象になっていないのは、三賢者がエルフだったからだとされています。

 その三賢者と母が接触していた事実だけで、既知の歴史が書き換わってしまうでしょう。 


「魔王様は、あの老人たちの言ったことを信じるのですか?」

「信じてなかったわ。でも、この光景を見て信じざるを得なくなったの。考えてもみなさい。ノームは穴掘りは得意だけど、それ以外は不得手。ドワーフは手先が器用で鉱物資源の精錬が得意だけど、穴掘りは得意と言えるほどじゃないわ。他の種族もそれと同じ。得手不得手がハッキリしてる。いいえ、ハッキリしすぎている。まるで、複数の種族を連携させて運用するのが前提みたいに、得意分野が合致している。こんなこと、自然に起こり得る?」

「それは、あり得ないとも……」

「言い切れないとは、あたしも思った。でもね、想像しちゃったのよ。もしも仮に、本当に仮に、そうするために特定の分野に特化させた種族……いいえ、人種が創られたんだと考えた方が自然なんじゃないかって」

「さ、さすがに飛躍しすぎです。仮にそうだとしても……。いや、そうか。そうだとすれば……」

「何か、心当たりがあるようね」

「え、ええ。魔王様の仮説を前提にするなら、僕が長年、疑問に思っていたことも解消できます。話はそれますが、魔王様は血液型をご存じですか?」

「知らない。何? それ」

「掻い摘んで言うと、血の種類です。魔竜軍医学部門の研究によって、大まかに四つの型があることがわかっています」

「へぇ、そんな研究をしてたんだ。で? 型が違うとどうなの? 何か不都合があるの?」

「例えば、血液型を無視して輸血したら最悪の場合、輸血された側が死亡します。唯一、血液型を無視して輸血できるのはエルフの血液だけです。が、僕が言いたいのははそれではありません。エルフの免疫機能です」

「また難しい単語が出て来たわね。あたしでもわかるように説明して」

「簡単に言うと、エルフは特有の免疫機能の恩恵でほとんどの病気に罹りません。既存のエルフやハーフ、クォーターはその限りではありませんが、純血種とも呼ばれる古・長寿族(ハイ・エルフ)は寿命と怪我以外では死なないんです」

「それは聞いたことがあるわ。で、それがあたしの想像とどう関係するの?」

「エルフの免疫機能最大の特徴は、細菌やウィルスなどの異物をただ排除するのではなく、共生して融和するところです。これを利用すれば、牛の特徴を備えたエルフや鳥の特徴を持ったエルフだって産み出せます」

「ちょっと待って。エイトゥスが例に挙げたのって、牛頭族(ミノタウロス)翼手族(ハーピー)のこと?」

「ええ、その通りです。今の魔道技術では不可能ですが、古代カガク文明ならハイ・エルフに他生物の因子を組み込んで、各用途に特化した種族を産み出すことも可能だったと思います。いえ、もしかしたらハイ・エルフも、人間から派生した種族だったのかも知れません。いえ、そうだったに違いありません! 何故なら、実例が身内にいるからです! と、するならば、魔王様の想像は的を得ています。魔族とは、ハイ・エルフを素材として旧人類が生み出した特化生物。いえ、おためごかしはやめましょう。奴隷です! 我ら魔族は、人類の奴隷となるべく造られた人工生命体だったんです!」

「ちょ、ちょ、ちょっ! 落ち着きなさいエイトゥス! たかがあたしの妄想で、そこまでヒートアップすることないじゃない!」

「ヒートアップどころではありません。バーニングです! 魔王様の気づきを切っ掛けに、僕の知識欲と探求心がバーニングしました!」


 エイトゥスの興奮っぷりを目の当たりにして、「そのまま燃え尽きてしまえ」と、思ったのはわたしだけではないようで、母は口にこそ出しませんでしたが目を細めて大きく溜息をつきました。

 ですが母は、それ以外の感情も抱いていたようです。

 エイトゥスから視線を逸らした先、この地下空間から地上まで伸びていると思われる水晶に映った母の顔は、何かを懐かしんでいるように見えました。

 それを裏付けるように、母は静かに「そのセリフ、数十年ぶりに聞いたな」と、呟いていました。

 

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