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1-9

 クラリスはわたしにとって、降って湧いたギフト。

 自我があり、わたしの思い通りにならないのが難点ではありますが、知識しかなかったわたしに力を与えてくれた、かけがえのない存在です。

 ですが、わたしにとっては所詮、道具にすぎません。


「ああ、良い気分です」


 私が唯一、師と仰ぐアリシア・ペンテレイア様が、叶えられない欲望を少しでも満たすために創作した魔術。リメンバー・ラーサーは、彼女が口走った通り、非公式ではありますが最上級魔術に区分されています。

 その理由を、自分は一流だと思い込んでいる三流魔術師は消費魔力量が古代魔法並みだからと自己弁護していますが、実際は違います。

 この魔術の本当に凄いところは、拡張性の高さ。

 わたしが常用している『強化外骨格魔術魔(マジカル・パッケージ)』をベースに、アリシア様の実の兄であり、タムマロ様のパーティーメンバーでもあったラーサー・ペンテレイア様の戦闘パターンを術式に組み込み、さらに各種様々な魔術を上乗せすることが可能なことです。

 今はペンテレイア家の秘伝魔術、『武具錬成魔術(ブラック・スミス)』と『|対物理・対魔術用防御魔術アンタッチャブル』しか付与していませんが、わたしがその気になれば、最大で百八の魔術を付与できます。と、言うより、それが限界ですね。わたしがそれ以上魔術を扱えないのではなく、リメンバー・ラーサーの術式キャパシティの限界が、百八なのです。


「さて、それではそろそろ、実技を始めましょうか。あなたの周りに配した魔術も、ゴモラも解除しましたので、好きに動いていいですよ。さあ、戦いますか? それとも、逃げますか?」


 一応は提案しましたが、彼女は逃げようとし

ません。

 体中から出せる体液を垂れ流し、顔も体も恐怖で支配されているのに、彼女は逃げません。拳銃を持つ手に力を込めて、銃口をしっかりとわたしへ向けています。

 まあ、そうでしょう。逃げませんよね。逃げられませんよね

 彼女は元々、魔術院を支配する老人たちが器用貧乏でしかない事実から目をそらし、虚栄心と承認欲求を満たすためだけに設けた特級。

 蔑みの対象だった彼女が蔑む側になれるチャンスなのですから、逃げるはずがありません。


「さすがは、ブリタニカ王国に技術革新をもたらした偉大な魔術師。一目でわかる戦力差に怯えながらも、戦意は失せませんか」

「偉大? アンタに言われると、嫌味にしか聞こえないわね」

「嫌味とは心外ですね。誰でも魔術を手軽に扱える仕組みを考え、魔術師の悲願の一つでもある無詠唱に最も近い技術を確立し、普及させたあなたは尊敬に値します。故に、わたしはこれを使ったのです。わたしが知る中で最も優れたこの魔術を持って、あなたを完膚なきまでに打倒します」


 と、彼女をその気にさせられそうなことを言いましたが……。しょうもない。くだらない。無駄な努力。心底、どうでもいい。

 彼女は愚者。偉大の対極と言っても過言ではない負け犬です。

 彼女はある意味、魔術に見切りをつけたのです。

 魔術だけでは無詠唱を実現できないと結論付けることで自分の無能さから目をそらし、魔術のまの字も知らないような一般的な技術者の手を借りることで、自分の無知から逃げたのです。

 わたしと違って魔術を扱えるだけの魔力を持っているのに、あっさりと魔術を捨てた彼女は侮蔑の対象です。


「ほら、どうしたのですか? 逃げないのなら、かかってきなさい。フルボッコにしてさしあげます」


 催促を兼ねた最後の挑発をすると、彼女は二丁同時に発砲しました。放たれた魔術は、さきほどと同じファイア・ブレッドとウィンド・フィスト。それが五発づつ。

 さきほどと同じなら五つのフレイム・ストームになるか、一つの巨大なフレイム・ストームになるはずです。


「後者でしたか。規模と威力は単純に五倍ではなく、十倍ほどになっているようですね」


 これほどのフレイム・ストームを生み出せる魔術師は、一級でも稀でしょう。

 ですがアンタッチャブルで防げるレベルですし、無効化も可能。同規模の別魔術で相殺も考えましたが、建物や住民に被害が出たら宿を貸してもらえない可能性もありますので、無難に無効化しました。


「へぇ、そういう使い方もできるのですね。いえ、それが本領ですか」


 フレイム・ストームが霧散して視界が開けると、前方にいたはずの彼女が、わたしの真横に移動して別の魔術を拳銃から放っていました。

 見失わずに済んだのは、リメンバー・ラーサーに組み込まれたラーサー様の戦闘パターンを元にした術式が、自動で彼女を追尾していたからです。

 

「さすがは、剣聖と謳われたラーサー様。下級魔術など、意にも介しませんか」


 彼女が放った魔術は、『光源発生魔術(ランタン)』を皮切りに『電撃魔術(スタン・ガン)』。首、両腕、胴、両足を狙って放たれた『風刃魔術(ウィンド・カッター)』が六発。そして、ファイア・ブレットとウィンド・フィスト。

 ランタンで視界を奪った隙にスタンガンで麻痺させ、ウィンド・カッターで切り刻んで、駄目押しのフレイム・ストームで焼き払うつもりだったのでしょう。

 複数種類の魔術が込められた弾丸を順番に装填し、引き金を引くだけで、複数人の魔術師で行う魔道戦術を実現、実行できるのが、あの銃の本領。

 相手が並か少し上程度なら、今ので終わっていたはずです。。

 ですが彼女のプランは、無慈悲に振るわれた大剣によって薙ぎ払われ、喉元に切っ先を突き付けられました。


「勝負あり。ですね。どうします? 続けますか?」

 

 わたしからすれば、勝負にすらなっていない。と、言うより、初めて使うリメンバー・ラーサーの実証試験だったのですが、焚きつけた以上は落としどころを提示しなければなりません。

 もっとも、続けると言ったなら容赦なく、切っ先を喉に食い込ませますが。


「もう、いい。殺して。どうせブリタニカに帰ったって、責任を負わされて魔術院は追放よ。そんな恥辱を味わうくらいなら、ここで殺された方がマシだわ」

「追放で済むはずがありません。国に帰れば、あなたは殺されます。そもそも、あなたをわたしに殺させるのが、魔術院上層部の思惑です」

「は? それ、どういう……」

「どうもこうも、あなたは魔道砲の開発者でしょう? 魔術院とは犬猿の仲である技術院に魔道技術を提供したあなたを、老害どもが良く思っている訳がないじゃないですか」


 ブリタニカ王国には、新しい魔術の創作と古代魔法の解読、そしてそれらの軍事転用を目的とする王国立魔術院と、魔道具の開発、及び兵器転用を目的として設立された、王国立技術院が存在します。

 どちらも同じ国立機関なのですが、両者の性質は真逆。

 魔術院の大半は主に貴族出身者で構成され、魔術以外の技術や知識は下賤の物と見下しています。

 対して技術院は庶民出の技術者で構成され、物理法則に則した技術の開発、発展に注力し、そのためなら魔術の利用も良しとします。今はまだ高級品ですが、後々は魔道具やそれに準ずる製品を一般家庭にも普及させようとしているそうです。

 魔道戦艦ドレッド・ノートも、技術院の集大成の一つです。


「なるほど……ね。だから私みたいな特級に、一級の昇格話が来たのか」

「そうです。あなたがしたことは間違いなくブリタニカ王国の国益になりますが、魔術院の老人どもに言わせれば大罪なのです。ですが、多大な功績をあげてしまったあなたを表立って殺すことはできない。そこで、一級への昇格を餌に、わたしを追わせたのです。わたしが除籍された理由を、一切教えずに」

「腐ってるわね。技術院に協力した私に妙に好意的だと思っていたけど、そういうことだったのね」

「心中、お察しします」


 欠片も察していませんが、そう言ってわたしは剣を引き、アンタッチャブルだけを維持してリメンバー・ラーサーを解除しました。

 戦意を完全に喪失した彼女はへたり込み、恥も外聞もなく泣き始めました。


「魔術師ではなく、最初から技術者として技術院に所属していたなら、あなたは天才と呼ばれていたのでしょうね」


 彼女は、魔術が使えた。それなりの量……見た限りだと、二級魔術師に相当する量の魔力も有しています。

 中途半端な才能が、技術者ではなく魔術師の道を彼女に選ばせてしまったのでしょう。


「タムマロ様。彼女の技術を高く買ってくれそうな国に、心当たりはありますか?」

「おや? ボクに気付いていたのかい?」

「戦闘の最中に、チラリと見えました。あなたの恰好はこの国の装いとは異なりますから、すぐにわかりましたよ。で? どうなのですか?」


 彼女の技術を欲しがる国が、ないわけがない。

 何故なら、ドレッド・ノートの完成……と、言うよりも魔道砲技術の確立によって、西欧諸国の軍事バランスは崩壊。ブリタニカ王国の一強状態だからです。

 それを打開し、軍事バランスを正常に戻すには、彼女が持つ技術が必要不可欠。どの国も、好待遇で迎え入れるでしょう。

 ですがわたしは、魔術と魔王に関する歴史以外に興味がありません。

 どの国に彼女を渡すのがベストか、判断できないのです。


「フランセーズかな。次点で、ポートガールかイスパーニャ」

「理由は?」

「魔王の脅威があったここ百年は同盟を結んでいたけれど、それ以前はブリタニカと争っていた歴史があるし、地理的にも目と鼻の先だ。フランセーズなら、諸手を挙げて歓迎してくれるよ」

「では、彼女が亡命する手引きを、お願いしても構いませんか?」

「構わないけど……。意外だ」

「何がですか?」

「キミが敵に同情したことが、さ。キミは、敵とあらば容赦なく命を奪うだろう?」


 ええ、その通りです。ただし、敵足り得るのなら、です。

 残念ながら、間抜けな顔をしてわたしとタムマロ様を交互に見ている彼女は、利用価値があるだけでそうではありません。

 

「ねえ、クラーラ」


 オリビアと、ついでにブタをタムマロ様に押し付けたわたしは、クラリスとともにタカジョウの娼館の一つで部屋を借りました。そして装備を外してくつろいでいたのですが、クラリスが話しかけてきました。

 もしかして、魔力を吸われ過ぎてお腹が空いた。などと、お馬鹿な文句を言うつもりなのでしょうか。


「どうか、しましたか? 食事には、まだ少し早いですが……」

「どうして、女魔術師を助けたの? 同情なんてしてないでしょ?」

「ああ、そのことですか」


 わたしを見据える瞳から感じられるのは、怒りでしょうか。誤魔化すなら、喧嘩もやむなしと考えていそうです。


「彼女……オリビアの亡命が成功すれば、魔術院の老人どもは困ったことになるでしょうね」

「ちょっと、質問に答えてよ」

「ちゃんと答えています。オリビアの亡命が成れば、王国にとってはトップシークレットである魔道砲に関する知識と技術を持ったオリビアを出国させた責任を負わされて、関わった者は例外なく斬首刑でしょう」


 同情? 有り得ません。

 オリビアの境遇は、自身の才能を見誤った彼女自身が招いた結果です。同情の余地など、微塵もありません。ですが、彼女が国益を担ったのは揺るがしようのない事実。

 ブリタニカ王国では国益を担うほどの知識や技術を持った人物は常時監視され、出国も許されません。存在そのものがトップシークレット扱いになるのです。

 オリビアが、正にそうですね。

 にも関わらず、魔術院はオリビアへの私怨と、わたしへの復讐。そして、クラリスを手に入れたい欲求を優先して、重罪を犯しました。

 なので、わたしを良いように利用したくせに功績は一切認めず、挙句の果てに追放した老人どもへの鉄槌になってもらったのです。


「ふ、ふふふ……。ああ、この目で見れないのが、本当に残念です。オリビアが寄りにも寄って、仇敵であるフランセーズに亡命にしたと知った時の老人どもの青ざめた顔を、この目で見たかったです」


 想像しただけで頬が緩み、笑いが込み上げてきます。いえ、それだけではありません。感情も、抑えられなくなっています。


「ああ! 本当に残念です! その場に居合わせることが敵うのならば、クソジジイとクソババアどもが無様に命乞いする様を肴にワインを飲みながら、ざまぁ! と言ったものを!」


 わたしとしたことが、昂った感情に流されるまままに胸の前で両手を組み、祈るように天を仰いで想いを吐き出してしまいました。、

 そんなわたしを見て、クラリスは溜息をつきながら「腹黒シスターめ」と、失礼極まりない事を呟きました。

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