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魔王の脅威に対して人間は国の垣根を超えて一丸となり、戦ったと歴史は伝えています。
ですが、実際は一丸どころか烏合の衆。
その頃を知らない若い世代に伝えている歴史ではなかったことにされていますが、魔王軍と言うわかりやすい共通の敵がいたのに、ほんの三十年前まで人間同士で争いを続けていました。
それを、以前見た円卓の部屋で四天王たちが雑談のように話している様を母の夢を通して見るまでは、わたしも知りませんでした。
「相変わらず、人間とは愚かな生き物ですね。あの数でアースランドに攻めて来れば、こちらも多少は苦戦するというのに」
「言ってやりなさんな、エイトゥス。殺し合ってる奴らは、言葉通り命懸けなんだから」
「でもさ、あの人たちって、偉い人の命令で殺し合ってるだけよね? もしかして姉さんが、お偉いさんたちを誑かすなりしたの?」
「一応、準備はしてたがそんな手間をかける必要もなかったよ。ドィッツェンはあたいらに対抗するために魔道兵器の開発をしていただけなのに、攻めてくるつもりだと疑ったローデシアやブリタニカが難癖付けて、他の国まで巻き込んで戦争を仕掛けたんだ。しかも、技術協力をしていた新生ロマーニャまでとばっちりを食って、イスパーニャやポートガール、エジェプ他、近隣諸国からタコ殴りにされてるよ」
「だが、西欧大戦とも呼べる大戦争に魔族を投入しなかったことだけは、人間としては理性的な判断だ」
「人間同士で手一杯なのに、魔王軍まで相手にしていられないからそうしたってだけさ。けっして、理性的なわけじゃない」
「エイトゥスたちが何を言ってるのかさっぱりニャけど、人間が馬鹿なのはわかったニャ」
四人が人の愚かさを嗤いの種にしているのを眺めながら、母は四人に聴こえないようにボソッと、「ロマーニャ料理、しばらく食べてないなぁ……。ピザ食べたくなってきちゃった」と、呟きました。
料理以外に興味はないのでしょうか? と、わたしが疑問を抱くなり、ウィロウが上の空だった母に話を振りました。
「どうする? 魔王ちゃん。介入しちゃう?」
「魔族が巻き込まれてるわけじゃないんだから、ほっときゃ良いんじゃない?」
「でも、好機だよ? ドィッツェンや新生ロマーニャに味方して他の国を亡ぼしちゃえば、魔王ちゃんが目指してた人間と魔族が仲良く暮らす世界が作れれるかもしれないよ?」
「そんな理想、とっくの昔に諦めちゃったわよ」
母は四天王たちと違って人間ですが、魔王を名乗るようになってからの数十年ですっかり人間を見限ってしまったようです。
記憶を全て見たわけではないですが、理想を諦めさせるほど酷い光景を、母は見続けてきたのでしょう。
「魔王様、なんだか元気がないニャ。お腹すいたニャ?」
「あ~……うん、そうかも」
「じゃあ、何か作ってくるニャ。リクエストはあるかニャ?」
「ピザ。チーズたっぷりのやつ」
「了解したニャ。じゃあエイトゥス。うちは牛頭族と羊角族の牧場でチーズを分けてもらってくるから、ちょこちょこっと魔術で野菜を出しててくれニャ。ついでに小麦も」
「どうして僕がそんなことをしなきゃいけないんだよ。野菜なら、牧場からも近い木人族と花人族の農場で分けてもらえば良いじゃないか」
「お腹が空いてる時の魔王様が食べる量をかニャ? エイトゥスは馬鹿なのかニャ? チーズなら一塊で十分ニャけど、野菜や小麦だと一蔵分は必要だニャ。備蓄を減らすより、エイトゥスが魔術でどうにかする方が経済的で効率もいいニャ」
「くっ……! シルバーバインのクセに、僕を論破するとは……」
論破になっているかはともかく、言い負かされたエイトゥスはブツブツと悪態をつきながらもシルバーバインと一緒に、部屋を出て行きました。
フローリストとウィロウはそんな二人の後姿を微笑ましそうに見ていますが、母は違います。
瞳は虚空を見つめ、溜息までついています。
「空腹でうわの空。って、わけじゃないみたいだね。どうしたんだい? 魔王様」
「ちょっと、考え事をね……」
「もしかして、追い込まれたドィッツェンがアレを使うかもと心配してるのかい?」
「うん、まあ、そんなとこ」
「姉さん、アレって何?」
「ドィッツェンが新生ロマーニャ、そして秘密裏にオオヤシマからも技術提供を受けて開発していた魔道兵器。コードネームはイルヴルツェル。実験の様子を見たけど、あれほど醜悪な兵器をあたいは知らないよ」
「どんな兵器なの? 例えば広域殲滅魔法みたいな大量破壊兵器?」
「いいや、違う。そんな人道的なモノじゃない。アレは人間や魔族、動物すらも関係なくグールに換える細菌兵器。それに感染した者は頭を砕かない限り死ねず、人や動物を襲って感染者を増やし続けるわ。ドィッツェンはそれを、同時に開発していた魔道飛翔体の弾頭に詰めてここへ打ち込むつもりだったんだよ」
「そ、そんなものが撃ち込まれたら……」
「あたいたちだけでなく、住民たちまで共食いを始めちまうだろうね」
まさかこれも改竄され、隠蔽された歴史だったとは知りませんでした。
フローリストが語ったイルヴルツェルと呼ばれる兵器は歴史に記されてはいませんが、およそ三十年前に、ドィッツェンを中心に隣接する各国の地域にグールが大量発生したことは記されています。
歴史ではそれを魔王軍のたくらみの一つとされ、各国が総力を挙げてドィッツェンの国土ごとグールを殲滅したことになっています。
ですが実際は、欧州各国に追い詰められたドィッツェンが苦し紛れ……いえ、欧州各国を道連れにするために、自国民に対して使用したのでしょう。
もしかしたら、この時の母はそれをフローリストから聞いて知っていて、いざとなったら欧州そのものを焼き払おうと考えていたのかもしれません。
人間を見限りながらも、虐殺するのを躊躇っていたのかもしれません……と、思ったのも束の間。
母の腹部から、獣のうめき声のような音が響きました。




