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8-17

 母の記憶を夢として見るようになって、抱いていた魔王像が消し飛んでしまいました。

 それまでのわたしにとって、魔王とは魔族を愛し、人間を憎悪する破壊の化身。すべての武術と魔道を極めた女好きで女ったらしの男性でした。

 ですが、実際は女性で大食漢。

 魔族を迫害から救うために人間と敵対し、嫌悪しながらも、考えに賛同する人間は陣営に招き入れる寛大な心の持ち主でした。


「ねえ、エイトゥス。この魔術、どう思う?」

「目的は果たせそうですが、その副作用が欠陥……いえ、呪いレベルです。これが発動した時の魔王様の感情次第で、世界が滅びかねません」

「いやいや、さすがにそれは大袈裟じゃない?」

「けっして大袈裟ではありません。仮に、発動の瞬間に魔王様がこの世界を憎悪していたら、その感情はレイ・ラインを暴走させてこの星そのものを破壊しかねません」

「ちょ、どうしてそうなるのよ。この魔術はあたしの魔力で完結しているのよ? レイ・ラインは関係ないじゃない」

「呪いレベルだと言ったでしょう? この副産物の怖ろしいところは、発動者の最後の感情がどのような形で顕現するか予想できないところです。おそらく、法術の基礎理論にオオヤシマの呪術要素を加えたのが良くなかったのでしょう。最後の感情を晴らすために、術式が大雑把でも最適な方法を選択するようになっています」

「えぇ……。どうしてそんなことになっちゃったの? 下手したら、メインの術式よりも副作用の方が複雑じゃない」

「いえ、副作用を構成している術式自体は単純です。ただ、術式のサブである法術と呪術……つまり、他者の力を借りることが前提になっているため、効果も規模も予想できないモノになってしまったんです」

「じゃあ、使わない方が良いってこと?」

「そうは言っていません。その理由は、言わなくてもおわかりでしょう?」 

「わかるけど……」


 ギフトが発動しないので、母とエイトゥスが見下ろしている魔術陣がどんな魔術なのか解読するのに時間を要していますが、聞いた限りでは相当な欠陥魔術のようです。

 この魔術が使用者の何かを他者に譲渡する魔術のようだとは何とか解読できましたが、ギフト無しでもっと詳細に解読するには相応に時間がかかりますね。


「致命的な欠陥はありますが、これで最後のピースは揃いました。あとは、決戦に備えるだけです」

「欠陥がどんな影響を及ぼすかわからないから、あんまり使いたくないんだけどなぁ……」

「ですが、欠陥を解消する時間がありません。勇者率いる連合軍はすでに海を渡り、魔王城まで五日の距離に迫っているのですよ?」

「わかってるわよ。じゃあ、術式を身体に刻んでちょうだい」


 母はそう言うなり、纏っていた喪服のように黒いドレスを盛大に脱ぎ捨てて、魔術陣の中央に仰向けになりました。

 エイトゥスは目を瞑って顔ごと視線をそらしていましたが、意を決したように大きく息を吐いてから母を見下ろし、次いで膝まづいて、母の体に両手の平をかざしました。


「良い歳こいて、何照れてるのよ。女の裸を見るのは初めてじゃないでしょう?」

「……魔王様のお身体は、初めてです」

「そうだっけ? でも、あなたの歴代の恋人たちに比べたら貧相なんだから、照れる必要はないじゃない」

「たしかに貧相ですが……その、何と言ったらいいか……」

「あたしみたいな体付きは新鮮?」

「ま、まあ、そうです」

「シルバーバインには聞かせられない答えね。もしも聞かれたら、嫉妬したあの子にぶっ殺されちゃうわ」

「いやいや、どうしてアイツが出てくるんですか。僕とアイツはべつに……」

「そういう関係でしょ? あの子とあなたが十代の頃に付き合ってたことくらい、ちゃんと知ってるんだから」

「ち、違っ……! 付き合っていたわけではなくて……!」

「ちょっとちょっと、動揺するのは良いけど、術式はミスらないでね?」

「魔王様が悪いんじゃないですか! って言うか、どうして知ってるんですか? アイツから聞いたんですか?」

「あの頃、あなたたちの距離感が妙に遠かったからね。たぶん付き合い始めたのを隠したいんだろうと、ウィロウやフローリストと話してたの。で、そんなある日、あの子がロストバージンしてるのに気付いて確信しちゃったわけ。まあ、長くは続かなかったみたいだけど」


 目を細めながら言った母から顔ごと視線をそらしたエイトゥスは、溜息を一つついてから観念したように、再び母へと視線を戻しました。


「決戦前に、寄りを戻したの?」

「……寄りは戻していませんが、昨日の夜、僕の部屋に来たアイツを抱きました」

「そう……。あの子もきっと、決戦前で不安だったのね。それとも、昂ってたのかな?」

「両方でしょうね。終わった後、ずっと泣いていましたから」

「泣いてた……か。子供を遺そうとは考えなかったの? あなたたち二人の子供なら、魔術の才能も身体能力も反則的に高い子になりそうじゃない」

「アイツが、子供を望まなかったんです」

「どうして? あの子、子供は嫌いじゃないはずよ?」

「怨まれるのは自分一人で良いと、言われました」

「……それが、別れた原因?」

「ええ、まあ……」

「そっか。じゃあ、仕方ないわね」


 母がタムマロ様に討たれてから八年余り、シルバーバインの行いによって、魔描族はそれ以前よりも酷い扱いをされています。

 オオヤシマに限って言えば、絶滅寸前です。

 仮にシルバーバインの実子が存在していたなら、その子は殺されるよりも残酷な目に遭わされていたと容易に想像できます。

 それを恐れたからこそ、シルバーバインは子供を遺さなかったのでしょう。

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