8-16
冷静な時に限るけど、あたしは戦いに挑む際に初めから終わりまでシミュレートする癖がある。
タムマロやアリシアさんは「それができて初めて一人前」と言ってくれたけれど、救世崩天法を伝授してくれたお爺ちゃんからすれば悪癖でしかないらしい。
どうしてそれが悪癖なのか、今でもまだわからない。
あたしは、救世崩天法の技の数々が基本的に一撃必殺だからだと思っている。
だから、気合を入れるために技名を叫ぶのも、一撃で大量の魔力を消費するのもデメリットにはならない。
敵がどんなに多くても、敵がどれだけに巨大で強大でも、二の手を打たずに終わらせるのが救世崩天法の理想にして極地。
でも、たぶん間違ってる。
お爺ちゃんが言った「馬鹿になれ」とは、そんなに単純な事じゃない気がする。
「難しいな。お爺ちゃんはいったい、どこを目指してるんだろ」
「何の話でござるか?」
「何でもない。ただの、独り言よ」
と、答えながらあたしは、オオヤシマに着いてからの経験で、ブリタニカ王国を発ったころよりもはるかに強力になっているゴールデンクラリスを発動した。
「ほう……。これは、聞いていた以上でござるな。ワダツミは、魔力は多いが垂れ流しているだけで制御はできていないと言っていたが、これでは真逆でござる」
「ワダツミのおっちゃんとやり合ってから、どんだけ経ってると思ってるのよ。あたしだって、それなりに成長するわ」
以前のあたしは、膨大な量にあかせてただ放出していただけだった。
だけど今は、タケミカヅチの言った通り真逆。
体外に放出した魔力は再び体内に戻り、あたしの体の隅々まで浸透して出て行き、また戻ってくる。
あたしが便宜上「ゴールデン・クラリスver.2」と呼んでるこれは、魔力消費量が少なくなるだけでなく、攻撃力と防御力も以前より格段に向上した。
当然、技の威力もあがっている。
まだまだ煮詰めなきゃいけないけれど、それで終わりとも思えない。
救世崩天法には、まだ先があるような気がする。
「お爺ちゃん……あたしの師匠はさ、戦いの時は何も考えるなって言うんだけど、どう思う?」
「その師は、本当に師でござるか? 戦いにおいて、自身や敵の動きを観察も予測もせず、ただ本能だけで戦うなど愚の骨頂。それはもう、技とは呼べぬ」
「そうね。武術って、本来はすっごく頭を使うもんなんだと思う。でも、お爺ちゃんが目指しているのは、その先なんだとも思うの」
「興味深い。そなたの師が目指す武とは、如何なるものなのでござるか?」
「わかんない。でも、あなたと戦えばそのヒントになるような気がしてる」
と、言ったのに、あたしは何もしようとしていない。
ただ、立っているだけ。
タケミカヅチが反射的に無手なのに、オオヤシマの剣術の一つ、イアイの構えを取ったけど、そこまでする必要はない。
警戒する価値もない。
あたしはただ、突っ立てるだけ。
自然体と言えば自然体だけど、タケミカヅチの技を味わってみるためだけのこの姿勢は、ただの捨て身でしかない。
でも、それを戦いの合図だと察したあたしたちは……。
「……八大龍王が一角、関東地方守護役。雷龍王 タケミカヅチ。推して参る」
「救世崩天法皆伝。異種超級二等武神、クラリス・コーラパール」
お互いに名乗り合った。
最初に動いたのはもちろん、タケミカヅチ。
いや、ほとんどの人はタケミカヅチが動いたことすら気づいていないと思う。
あたしですら魔力で視力を強化していなかったら、一瞬だけピカッっと全身が光ったと思ったらあたしの目の前まで移動し、「轟雷一閃。雷霆万鈞」と、呟きながら、雷を纏わせているように光り輝く右手を振り抜いたタケミカヅチを視認できていなかったと思う。
「何と言う度胸! 驚嘆した! まさか視認していながら、拙者の雷霆万鈞をノーガードで受けるとは!」
「正確にはノーガードじゃないんだけど……。まあ、いっか」
タケミカヅチのライテイバンキン……だっけ? を受ける際に咄嗟に使ったのは、敵を圧倒的な力で叩き潰すことを前提に創られた救世崩天法の中でも異質な技の一つ。
相手の攻撃を真綿のように優しく受け止め、勢いを完全に殺して無力化する。
自信を死に至らしめる攻撃を前にしても恐れず、ひるまず、かと言って猛らず、力まず、無に近い平常心を保て初めて成しえる、無敗の防御術。
その名は「奥伝の伍肆 明鏡止水」。
ちなみに、これをグレードダウンさせた技が「局所金剛」だったりする。
「あの技、前に使ったケラウノスと似てたけど、違う気がする」
タケミカヅチの右手刀、そこから伸びた魔力は、たしかにケラウノスと似ていた。
規模や威力は劣るけど、雷だった。
でも、魔術や魔法の類じゃない。
それだけはわかる。
龍王ならクラーラですら到達できていない無詠唱魔術を使えても不思議じゃないけれど、アレは違う。
魔法と呼べるほどの神秘じゃなければ、魔術と称されるほど複雑でもなかった。
クラーラに言ったら笑われるかもしれないけれど、魔力を燃料にして雷を出したんじゃなくて、ワダツミおっちゃんの水みたいに最初から雷として放ったような感じがした。
「ねえ、それってどうやるの? 人間にはできない?」
「それ? それとはどれでござる?」
「あなたがさっき出した雷よ。アレって、魔力を雷に換えてるの?」
「その通りでござる。人間や魔族が魔力と呼んでいるモノは 温度や圧力の変化で物質の三態となる前の状態。言わば、第零態。これに様々な命令をプログラムすると、俗に魔術や魔法と呼ばれている状態になるでござる」
「へぇ。じゃあ、さっきのも魔術の類なんだ」
だったら、教えてくれるかどうかは別にして、やり方を聞いてもあたしには真似できない。と、ガッカリした途端に、タケミカズチは再びイアイの構えを取りながら「いいや、違うでござる」と否定した。
「今ではすっかり廃れ、拙者ら龍王ぐらいしか使っておらぬあれは、最も原始的な霊子力……いや、魔力運用法。それをより効率的に、複雑にしたものが魔法でござる」
「いや、それって結局は……」
魔術の類なんじゃない? と、言おうとしてやめた。
よくよく考えれば、あたしは魔術の才能がないのに魔力が使えてる。クラーラみたいに色々な使い方ができないだけで、動かせてる。
意識しなくても体の動きと連動するように修業はしたけれど、逆に言えば、魔術の才能が無くてもそれくらいはできる。
だったら、ワダツミのおっちゃんやタケミカヅチのように、魔力を別のモノに換えることもできるかもしれない。
「再開する前に、もう一つだけ質問してもいい?」
「何でござる?」
「もしかして、あなたが雷しか使わないのって、魔力の色が青に近い色だから?」
「……相違ござらん」
「そう、ありがと。よくわかったわ」
ワダツミのおっちゃんの魔力は黒かった。だから、水しか使わなかった。
だったら、あたしはどう?
すべての属性に対応してるってクラーラが教えてくれた、黄金の魔力なら何に換えられるんだろう?
考えるまでもないわね。
あたしの魔力なら、何にだって換えられる。
だから手始めに、さっき見たばかりの雷に魔力を換えようとしてみた。
「これは……心底驚いた。まさか、一度見せただけで会得するとは」
「垂れ流してるだけなのに、ほめ過ぎよ。あなたみたいに細かな制御はできないわ」
思っていたよりもあっさりと、あたしの魔力は雷に換わった。
見たばかりだったことと、以前ケラウノスを使った経験があったからか、魔力が雷に換わるイメージがしやすかった。
でも、このままじゃ使い物にならない。
「水で筒……リングを作って、それに雷を流すんだったっけ?」
あたしが思いついたの方法は二つ。
ワダツミのおっちゃんの海流双掌舞と、サン・サイン戦でやった海洋召喚魔法と神雷再現魔法のコンボ。
だけど、あまり上手くいかない。
両腕に纏った水のリングに、雷が上手く走ってくれない。
だったらと、リングの内側を空洞にして、その中に雷を通してみた。
「お、おい、それはワダツミの海流双掌舞ではないか。その内側に電気だと? お主、何をするつもりでござる!」
「いやぁ、それはあたしの方が聞きたいかも……」
あたし自身、これがどうなるのかなんて考えていない。
でも水のリングの内側を走る雷の量が少ないから、きっとたいした威力にならないと思えたから、あたしは腕に纏わせるのをやめて頭上に太さ3メートルほどのリングで、直径10メートルくらいの輪を作った。
その内側に、リングが真っ青に輝くくらい雷を流していたら、輪っかが中心に向かって縮み始めた。
どんどん縮んで、ついには手に平大の球体になってしまった。
「これ、投げつけたらどうなるんだろ?」
と、何気なく呟きながらタケミカヅチを見ると、冷や汗をダラダラ流していた。腰も引けているように見える。
「どうやら、龍王に冷や汗を流させる程度の威力はあるっぽいわね。だったら!」
あたしは球体を胸の前まで引きよせて両足を開き、左手を軽く開いてガイドのように前に出して、右手は固く握って弓のように後ろへ肘ごと引いた。
ただ投げつけるだけじゃ当たりそうにないから、懐に飛び込んで直接叩きつけるためよ。
「重ね束ねて、合わせて混ぜて練り上げる! さあ、御高覧あれ! これなるは二大龍王と我が師、クォン・フェイ・フォンの業の合わせ技! そぉ~のぉ~名ぁ~もぉぉぉぉぉ……!」
タケミカヅチは、この時点で勝ちを諦めていたのかもしれない。
だって、あたしは隙だらけだった。
それなのに、攻撃してこなかった。
何を思ってそうしたのかはわからないけれど、あたしはスサノオがタケミカヅチに向かって「避けろタケミカヅチ! そりゃあ、即席の荷電粒子砲じゃ!」と、叫ぶのを聞きながら瞬天進地で懐に飛び込むと同時に巨神踏歩でその場に縫い留めてから、「救世崩天、外典! 滅龍烈破!」と叫びながら引き絞っていた右拳で球体をタケミカヅチのどてっぱらに叩きつけた。




