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8-15

 ここはどこなのでしょうか。

 どこかの城、その謁見の間とも呼べるような場所だとは辛うじてわかるのですが、廃墟同然に破壊されているせいで建築様式すらわかりません。

 わかるのは、おそらく十代前半くらいだと思われるエイトゥスとシルバーバインが服も体もボロボロの状態で、冷や汗をダラダラと流しながら正座している様と、その少し後ろで呆れたような顔をしているウィロウとフローリストだけです。


「二人とも、何か言いたいことはある? あるなら一応、聞くだけ聞いてあげる」

「え、えっと、その……」


 怒鳴りはしませんでしたが、感情を感じさせない静かすぎる口調から察するに、母は本気で怒っているようです。

 そんな母に怯えているのか、エイトゥスは顔を上げることすらできずに口ごもるだけ。

 ですが、シルバーバインは違ったようです。

 冷や汗は流し続けているものの、しっかりと母の目を見返しながら言い訳を始めました。


「エ、エイトゥスが悪いニャ! うちは悪くないニャ! だから、うちは叱らないでほしいニャ!」

「ちょっ! おまっ……! 違います魔王様! 悪いのはシルバーバインです! 僕は悪くありません! こいつが……! この馬鹿猫が、僕が丹精込めて作ったフィギュアを壊したんです! 全部! 僕の部屋ごと!」

「あんな気持ち悪い部屋にしてるエイトゥスが悪いニャ。やっぱりうちは悪くないニャ。って言うか、馬鹿って言うニャ」

「ほう? それが原因で喧嘩になって、昨日完成したばかりの魔王城を半壊させたってわけね?」


 なるほど、ここは夢で何度も見た魔王城が完成した翌日だったのですね。

 知っている魔王城とあまりにもにも違うので気づけませんでした。は、ひとまず置いておくとして。

 遺憾ながら、シルバーバインの気持ちも行為も理解できます。

 彼女が見た光景が、わたしには容易に想像できるからです。

 あれは魔術学院に在籍していた頃、わたしのファンクラブが牛耳っていた学園内の一室に招かれた時のことです。

 その部屋を一言で言い表すなら、わたし一色。

 壁には静止画転写魔術(フォトグラフィ)で羊皮紙や紙に転写されたわたしが所狭しと貼られ、それ以外の場所を占有する棚には私を模した人形 (まともな物から性的な使用が目的と思われる物まで様々)がざっと百体は陳列されていました。

 フォンとは言え、わたしの知らないわたしで埋め尽くされた部屋で豚どもブヒブヒと鳴いているが光景を見るなり、わたしは魔石を三つばかり取り出して広範囲爆破魔術(エクス・プロージョン)を使い、跡形もなく消し飛ばしました。

 シルバーバインもエイトゥスの部屋を見て、かつてのわたしと同じく壊したいほど気持ち悪いと思ったからそうしたのだと思います。

 ですが母には、シルバーバインの気持ちが理解できなかったようです。


「じゃあ、二人ともお仕置き」

「ニャ!? うちも!?」

「待ってください魔王様! 僕は被害者ですよ!?」

「喧嘩両成敗って言葉、あなたたちなら知ってるわよね? とりあえずはお尻百叩き。プラス、城の修繕で許してあげる」


 言い終えると、母は黄金の魔力を纏って二人へとゆっくり歩み始めました。

 その歩みは、二人にとっては死刑宣告に等しい恐怖を与えたのでしょう。

 エイトゥスは歯の根が合わなくなるほど全身を震わせながら逃げようとしたところをフローリスの糸で捕らえられ、シルバーバインは失禁しながら「ごめんなさいニャ! もうしないから許してほしいニャ!」と、泣き叫んでいます。

 ですが母は容赦なく、宣言通り二人のお尻を百回 (黄金の魔力を纏った平手で)叩いてから、寝る魔も惜しんで城を修繕させました。

 そして舞台は、母の寝室に変わりました。

 母はベッドに腰かけてメイド姿のウィロウにお酌をされながらてワインをあおり、フローリストはその体形のせいで椅子に座れないようで床に直接座っていますが、母に付き合ってワインを飲んでいます。


「付き合いは長いのに、どうしてあの二人は仲良くできないのかしら」

「無理だろうねぇ。シルバーバインとエイトゥスは言葉通り、水と油。根本から違い過ぎるわ」

「シルバーバインちゃんは脊髄反射だけで動いているような真性の天才。かたやエイトゥスくんは、たゆまぬ努力で古代魔法すら習得した秀才。反発しあって当然だよ」

「シルバーバインだって努力はしてるわ。あの子の筋トレの量がどれだけ異常か、ウィロウだって知ってるでしょ?」

「魔王ちゃんがついていけないレベルだってことは知ってる。でもさ、逆に言えばそれだけで、単純な殴り合いなら魔王ちゃんと互角に戦えるまでになったんだよ? 筋トレだけで、そんなレベルまで強くなれるものなの?」

「それは……」


 無理でしょうね。

 例えば、仮にわたしが死に物狂いで筋トレをしたとしても、殴り合いではクラリスにけっして敵いません。

 だってわたしは、スポーツの類が壊滅的に苦手です。

 玉遊びすら満足できないわたしがいくら筋トレをしたところで、クラリスと渡り合えるほどのプロフェッショナルになれるはずがありません。

 似たようなことを、この時の母も思っていたのでしょう。

 ウィロウの言ったことを認めざるを得なくなった母はグラスの中身を飲み干して、ふて腐れたように顔を逸らしてグラスを差し出してお代わりを要求しました。

 そらした先にいたフローリストは母のリアクションが面白かったのか、テーブルの上のチーズを摘まみ上げながら笑いをこらえています。


「……ったく。あの二人を仲良くさせる方法を相談するはずだったのに、どうしてあたしが説教されてるような雰囲気になるのよ」

「そりゃあ、しかたがないさ。あたいもウィロウも魔王様より長く生きている。間違いは正してやろうと、どうしても老婆心が働いちまうのさ。な? ウィロウ」

「いや、若いが? わっちは姉さんと違ってピチピチのナウなヤングだが?」

「今時の若い子は、ナウなヤングなんて言わないよ。って言うか、姉さんと違ってってどういう意味よ。あんたとあたしは双子でしょうが。同い年でしょうが」

「双子でも、肌艶が全然違うよね? ほら、見てよわっちの肌。赤ちゃんみたいにモチモチでスベスベでしょ? とっくの昔に曲がり角を過ぎた姉さんと一緒にしないでよ」

「ほう? 作り物のパチモンで若作りしてる死にぞこないが言ってくれるじゃないか。あたいが触れるだけで、その身体を維持できなることを忘れてるんじゃないか? ああ、そうか。ごめんごめん。脳みそがないから覚えられないんだったね」

「あらあら、姉さん? わっちは幽霊だから確かに脳みそはないけど、ちゃんと記憶は維持してるから。あ、そっか。ごめんね、姉さん。姉さんはもう四十歳だもんね。その歳なら、痴呆が始まっててもしかたがないか」

「あ? 妹の分際で、姉を年寄り扱いしてんじゃない。ぶっ殺すぞ死にぞこない」

「わっちね? 双子で姉も妹もないと常々思ってたから、いい機会だから言ってあげる。たった数分早く生まれたくらいで姉面してんじゃねぇよ蜘蛛人間。糸を尻から出す以外脳がないクセに、偉そうにすんな」

「おいこら。あなたたちまで喧嘩を始めそうな気配になってるじゃない。喧嘩しても良いけど、せめて外でやってね? 間違っても、ここで始めないでね? あたしの寝室を壊さないでね!?」


 これは意外でした。

 姉妹喧嘩の延長と言えば聞こえはいいような気がしますが、まさかフローリストとウィロウまでもが、些細な事で殺し合いを始めそうになるほど険悪だとは知りませんでした。

 ですがその光景を見て、改めて母意外に魔王足り得る人がいなかったのだとも思いました。

 いえ、母がいたからこそ四人は曲がりなりにも四天王として成立し、多種多様な魔族を従えることができたのだと、なんとなくわかりました。

 



 

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