8-13
もしも過去の記憶を思い出していなかったら……いえ、わたしが魔王だった母の娘じゃなかったら、今回の夢を心の底から楽しめたでしょう。
玉座に座る母の目の前に浮かんだいくつもの映像投影魔術による画面の映像を、笑顔で鑑賞できたでしょう。
ラーサー様と思われる鎧姿の男性を相手に、血まみれになりながら死闘を続けるシルバーバインや、アリシア様と魔術の応酬をしているエイトゥスに見入り、目を背けたいなどとは思わなかったでしょう。
「外の戦いは、もうすぐ終わりそうね。ウィロウの方は……」
母が呟くと、新たな画面が現れました。
上から見下ろす形で映す画面に映っていたのは、今よりも若いですが見慣れた軽鎧姿のタムマロ様と白い修道服に身を包んだ浅黒い肌のシスター。おそらくあのシスターが、ブリタニカ正教会によって聖女に認定されたタムマロ様のパーティーメンバー、褐色の聖女と謳われたソフィア・フラン様でしょう。
二人は武器を構えて背中合わせになり、何かを警戒しているようにあたりを見渡しています。
「ウィロウったら、また遊んでるわね。時間を稼げとは言ったけど、遊べとは言ってないんだけどな……。まあ、あの子らしいけど」
ウィロウは実体化と幽体化を繰り返しながら、ナイフでタムマロ様とソフィア様を斬りつけていますが、単純に攻撃力が低いためか決定打にはならず、ソフィア様の法術で即座に回復されています。
たしかウィロウは、ソフィア様に憑りついた際に出られなくなり、ソフィア様の命を賭した除霊法術によって浄化されて消滅したと伝わっています。
画面の中では今正に、それが事実だったと裏付ける光景が繰り広げられようとしています。
「はてさて、噂の聖女様の実力は如何なものかしら」
それを眺める母の声は、不思議と楽しそうでした。
あのままだとウィロウが消滅してしまうのに、母は心配するどころか、待ち遠しそうです。
「終わった……かな?」
内にウィロウを孕んだままのソフィア様の体が天を仰ぐように天井を見上げて両手を広げると、神々しさすら感じるまばゆい光に包まれました。それが収まると、ソフィア様は糸が切れた人形のように倒れました。
タムマロ様が慌てて抱き起して呼びかけていますが、ソフィア様は何の反応も示しません。
そしてソフィア様の死を確認したタムマロ様は、うつむいたまま立ち上がって画面の外、魔王城の奥へと走り去りました。
そこまでは聞いていた通り……いえ、想像通りだったのですが、タムマロ様が画面から消えて数分も経たない内に、異常なことが起こりました。
ウィロウとともに死んだはずのソフィア様がむくりと起き上がったと思ったら、画面に向かって笑顔で手を振り始めたのです。
「ったく、手なんか振ってる暇があるなら、さっさと行けっての」
母の声が聴こえたわけではないのでしょうが、ソフィア様は深々とお辞儀をしてから背を向けて、膝まづくように両手を地につけました。
そこを起点にして広がり始めたのは、空間直結魔法に似た魔法陣。
それが完成するなり、ソフィア様はどこかへ転移しました。
「さて、これも予定通りなのかしら。それとも、予定外?」
母はすべての画面を消すと、誰にともなく呟いて天井を仰ぎました。
母が言った「これ」とは間違いなく、ソフィア様の……いいえ、ソフィア様の体を乗っ取ったウィロウの行動。
どうやって浄化されずにソフィア様の体を乗っ取ったのかは謎ですが、魔術とは違って法術は転生者にチートを与える側である (と、言われている)神の力を借りたものですから、何かしらの準備をしていたことは想像できます。
何を思ってそれを命じたのかはわかりませんが、母が何かに挑んでいることもわかりました。
「あとは、あたしが上手くやるだけだけど……できるかな」
母が黒いヴェールを顔の前に下ろしながら不安そうに呟き終わるのと同時に、玉座の間の扉が重苦しい音と共に開かれました。
開いたのは、さっきまでの軽鎧ではなくオオヤシマ風の鎧兜を身に着けたタムマロ様。
その姿を見た途端に、母の視界が歪みました。
「ようこそ魔王城、その玉座の間へ。ここまで来た人間は、あなたが初めてよ」
歪んだ視界のまま、母はタムマロ様へ語りかけました。
高圧的に、威圧的に、高慢を意識したような口調で、母はタムマロ様と短い問答を重ねました。
そして最後に、母は玉座から立ちながらこう言いました。
視界を歪ませていた涙が乾いたことで細部までわかるようになったタムマロ様の姿をしっかりと見つめて、「我の前に跪き、傅くならば、世界の半分をくれてやろう」と、声高に。




