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 そこは、劇場のような場所だった。

 正面にある小さな舞台を始点にして放射状に何列も配置された観客席の最上段、その中央には、入り口と思われる扉が固く口を閉ざしている。


「げっ、マジで来た」


 心底嫌そうな口調が、場内に小さく響いた。

 脳みそをとろけさせるように耳へと染み込んできた声を舞台上から発したのは、無条件で崇めたいと思ってしまうレベルの美女。いや、顔に若干の幼さが残っているのを見るに、十代後半の少女だろうか。

 その彼女が、まるで汚物でも見るかのように翠色の瞳で、観客席を見下している。


「……帰れ」


 光の加減で白にも金に見えるロングヘアをなびかせ、透き通るように白い肌をさらに真っ白なドレスで包み、歴史を感じさせるアンティーク調の揺り椅子に座って足を組んでいる彼女は表情を一際鋭くし、怒りを孕んだような声で言った。


「うわぁ……。ここまで堂々と視姦してくる奴は初めて……でもないか。とにかくやめてくれない? マジでキモいから……って、はぁ!? 真面目に相手をしろだぁ!? なんで私が、そんな面倒なことをしなきゃいけないのよ! アンタがしなさいよ!」


 無遠慮に悪態をつき続けていた彼女は、何の前触れもなく天井へ向かって叫んだ。

 彼女以外の声は聴こえないが、彼女は確かに天井を睨んで怒鳴りつけている。


「いやいや、仕事じゃないから。確かに、客が一人も来なかったら自由にしてもらうけど、来たらとりあえず、私が知ってる話はしてやるって言ったわ。でもさ、一人じゃん! たった一人を相手に、長々と話せっての? 馬鹿じゃん! ただ働きでそんなことできるか! アンタ、私が高給取りだったって知ってるでしょ!」


 見た目の美しさが嘘のような口の悪さ。だが、声音まで美しいからか、不思議と不快感はない。 


「アンタもボケーっとしてないで帰りなさいよ! ほら、立って立って! それとも何? 私に見惚れて別のところが起っちゃったから立てなくなったとか言わないわよね? 違うわよね? はい、じゃあ立ちましょう。もしくは、アンタらの世界で言うところのブラウザバックをしなさい。ほら、早く。さっさとブラバしろ!」


 彼女は犬や猫を追い払うように、観客席に向けて手を振った。

 言葉を信じるならその理由は至極単純で、仕事をしたくないからだ。


「えぇ……。どうして帰ってくれないのよぉ。やっぱアレ? 私をもっと見ていたいから? それともあわよくば、美の女神すらひれ伏させた私とワンチャンあるかもって期待した? ないからね? ノーチャンだから!」


 彼女の場合は、自信過剰という言葉は当てはまらないだろう。

 絵や彫刻などではけっして再現できないと思わせる顔はもちろん、豊満ではないがメリハリがあり、均整が取れた美しい身体は邪な想いを抱く前に放心させてしまう。

 

「はぁ……。もう最悪。なんで私がこんな目に……」


 感情の起伏が激しい彼女は、よほど現状に不満があるのか、頭を抱えてしまった。

 見れば見るほど、もったいない女性だ。

 ただ澄まし顔をして座っているだけで、老若男女問わず魅了してしまいそうな美貌を持つ彼女は、両手で顔をはさんでムンクのような顔になり、「ああぁぁぁぁ、嫌だぁぁぁ。働きたくないぃぃぃ」などと、呪詛のようにうめき声を上げている。

 


「何よ。だからやらないって……それマジ? 今度こそ本当?」


 彼女は再び、誰もいない天井に向けて話しかけた。

 

「う~ん……。アンタには何度も騙されてるしなぁ。でもなぁ……そういう条件ならやっても良いかなぁ……」


 顎に右手をそえて悩む姿は、美しいと言うよりは可愛らしい。彼女が脚を組み替える度に、自然と視線が吸い寄せられる。


「はいはい、わかった。わかりました。やるから、ちょっと待って。切り替えるから」

 

 右手で天井へ待ったをかけながらそう言った彼女は、空いている左手の一指し指で額をトントンとつついた。

 その行為を終えて椅子から立ち上がり、観客席に向き直った彼女は、さっきまでとは別人のように変わっていた。

 その微笑は母親に抱かれるような安らぎと、情事の前の恋人に抱くような興奮を同時に与えた。宗教になど興味がなくとも無条件で崇めたいと思わせるその立ち姿は、女神と呼ぶに相応しい神々しさを放っている。


「では、改めまして。ようこそ、お越しくださいました。私は当劇場の語り部。名前は……あ、全く考えてなかった。う~ん、どうしよ……。あ、シーラで良いわ。シーラと申します。以後、お見知りおきを」


 彼女はドレスの裾を摘まみながら、優雅にお辞儀をした。

 その動作に淀みはない。何回も、何十回も、何百回も繰り返したように見事なお辞儀。だが、名前は明らかに偽名。隠すつもりすらないらしい。


「ですが、少々困りました。それと言うのも私には、お客様に語って聞かせられる物語の持ち合わせがございません。あ、クレームならあのクソジジイに言ってね。私のせいじゃないから」


 天井の上にいる誰か。仮称「クソジジイ」へクレームを押し付けたシーラは、軽く咳払いをして話を再開した。


「……失礼いたしました。先ほど、語れる物語はないと前置きいたしましたが、正確には完結している物語を知らない。で、ございます。と、申しますのも、私が知る物語の登場人物は今正に、冒険の真っ最中なのでございます。それでもよろしければ、どうぞそのままお聴きください。私が語る物語の主人公は二人。まず一人目は、使い切れないほど膨大な魔力を持ちながら、それを魔法や魔術などに利用する才能が欠片もない少女。名を、クラリスと申します」


 シーラの紹介とともに、彼女の右側をスポットライトの光が照らすと、十代後半くらいと思われる、長い金髪を三つ編みにして左肩から垂らして黒い服を着た少女が現れた。

 少女、クラリスの服は黒いチャイナドレス……見ようによっては浴衣にも見える。

 ただし丈が腿の中ほどまでしかなく、袖もない。さらに両方の脇から裾の先まで大きなスリットが入り、瑞々しい肌を晒している。

服と言うよりは、チャイナドレスや着物のように見える布に頭を通し、腰に巻いた赤い帯で締めているだけ。見ようによっては武闘家、もしくはくノ一のように見える。


「そしてもう一人。魔法と魔術を扱う才能と知識は王国の大賢者すら遥かに凌ぎ、若干十二歳の若さで、彼女たちが育ったブリタニカ王国最高峰の魔術学院を卒業し、魔力さえあれば有史以来最強最高の魔術師になったであろうと言われた、人並以下の魔力しか持たない少女。名を、クラーラと申します」


 シーラの左側をスポットライトが照らすと、肩まで伸ばした黒髪を際立たせるように真っ白な修道服を着た少女が現れた。

歳は、クラリスと同じくらいに見える。

 ただ、クラーラは修道女と呼ぶには、かなり物々しい装飾品を全身に装着している。

 胸部には分厚そうな金属製の胸当て。両腕、両脚には、防御のためと思われるガントレットとグリーブ。右手には、見ただけで当たると痛いと思わせる、とげ付きの鉄球が付いた身の丈ほどもある杖……モーニングスターを持っている。

 二人に共通した物と言えば、青い宝石があしらわれたチョーカーと背丈くらいだろう。

 だが、背丈は同じでも体つきは真逆。

 クラリスの方はスレンダーで、胸はないが健康的な脚線美が印象的。

 対するクラーラはグラマーで、胸当てをしていても大きいとわかる巨乳に、思わず「安産型だね」と言いたくなるお尻が魅力的だ。

 

「な~んで、こんなことになっちゃったかなぁ……っと、再度失礼。二人は格好もさることながら、性格も正反対。クラリスは、「魔法が使えないならぶん殴る」と、のたまう短絡思考。クラーラは逆に、腹黒と言えるほど計算高くて打算的。

 それでも、二人が探し求める物と、目的は共通していました。

 その探し物とは『性転換する方法』と、『死者を蘇らせる方法』。その二つを探して、二人は生まれ育ったブリタニカ王国から遥か彼方、極東の島国である、『オオヤシマ』と呼ばれる国までやってきたので……あれ? 流されたんだっけ?」


 小首をかしげながら、「まあ、どっちでもいいか」と言って疑問を切り捨てたシーラは、これからクラリスとクラーラの冒険活劇を聞かせてくれるのだろう。

ただしそれは、シーラも結末を知らない物語。未完の物語だ。


「それでは、さっそく語ることにいたしましょう。本日、お客様にお聞かせいたしますのは二人がオオヤシマを構成する島の一つ、『アワジ』に流れ着いた日の一幕。タイトルはそう……『犯したい / 犯されたい』で、ございます」


 シーラが不穏なタイトルを言い終えてお辞儀をすると、劇場が闇に包まれ始めた。

読んでいただけるだけで光栄なのですが、もし「面白い!」「続き読みたい!」など思って頂けたらぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!


ぜひよろしくお願いします!

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