【第三話】お父様の執務室
人が亡くなる描写があります。
「カーシア、こっちに来なさい」
お父様は執務室に着くと、一対ある肘掛け椅子の片方に座り、私にもう片方を勧めました。
「はい」
私は椅子に座りました。あら、今日来ているドレスと椅子の素材の格が全然違いますわ。少しお金持ちの平民と公爵家の差を嫌というほど思い知らされました。お父様はいきなり切り出しました。
「アリアネルがすまない」
!
「お父様は、わっ、私を信じてくださるのですか」
何故三日前に初めて会った義娘を実娘より信頼するのでしょう?
「ああ、これが初めてではないからな」
「そう、ですか」
アリアネル様のお母様はもう居ないのでしょう。彼女はどのように育ってきたのか、考えてしまいました。彼女を愛してくださる方はいたのでしょうか?
「少し、話しても?」
「はい」
何をお話しなさるのかしら?私をここから追い出す、とか?ともかく、お父様は話しだされました。
「私には、かつて愛する妻がいた。大公家のメイリーンという令嬢で、相思相愛で10歳で婚約、私が18、彼女が16の時に「色の誓い」(初婚の人の婚姻儀式)をした。メイリーンは桃色の髪にエメラルド色の瞳の美しい令嬢だった。彼女は18でアリアネルを産んだ。実はアリアネルは最初は茶髪に青い瞳の状態で生まれてきた。それもフィッツジェラルド家の赤ん坊の特徴で、そのまま「変色」しなかったら家は継げない。そこで事件が起きた。私が至らなかったために新入りの使用人が「変色」のことを知らずにメイリーンを浮気者扱いし出したのだ。二ヶ月後私がようやく執事から報告を受けて使用人達を解雇した時にはもうメイリーンは、」
無口なお方だと思っていたのに違うようです。メイリーン様はどうなったのでしょう?
「心を閉ざしてしまっていた」
「お気の毒に」
ところで何故お父様は私にこの話をしているのでしょう?
「無事にアリアネルは3歳で変色し、8歳の時に実の弟であるサルジオが生まれた。メイリーンは一時的に心を私に開いてくれていた。しかし、サルジオは桃色の髪に紫の瞳を持っていた。公爵家にはとっては百年ぶりの「色」を継がない男児で、アリアネルはパーティでご令嬢達に揶揄われたことからサルジオを毛嫌いするようになってしまった。彼女は生まれつき我儘な性格で、自分がこんな惨めな思いをしているのはサルジオと、母の所為だと思い込んだ。そしてすぐに使用人に「サルジオは呪われた子」という噂を流した。そして、母にはチクチクと嫌味を夕食の席で言うようになったそうなのだが、私はその頃仕事が忙しくてアリアネルの暴行に気がつくことができなかった。すぐにメイリーンは自分を責めて殻に閉じこもってしまい私にさえ何が起こったのか話してくれなかった。よっぽどショックだったのだろう。そして五ヶ月後のある日にー」
お父様は息を大きく吸われました。
「1歳年下の皇女殿下の社交デビューにより自分がさらにチヤホヤされなくなり不満を感じた彼女は、腹いせにサルジオに毒を盛った」
「まあなんて恐ろしい!」
かわいい弟を殺すだなんて心をお持ちではないのかしら?彼女を軽蔑します。
「幸いサルジオは一時的に一命を取り留めた。が、自分に大きな責任を感じたメイリーンが屋根裏部屋に引きこもり魔法で鍵をかけて、五日目に亡くなった。彼女の魔法は私より強力で、誰も部屋に入ることができずに彼女は餓死した。私に手紙を残していた。「私が不甲斐ないばかりにごめんなさい。愛しています」、と。そして一週間後の葬式の日に、サルジオも続いていた熱がぶり返して亡くなった。あの時はどれだけ辛かったか」
「お父様、何故アリアネル様を罰さなかったのですか!?」
するとお父様は悲しそうに俯いた。
「彼女はこの家の後継だ。か、彼女を追放もしくは投獄などとてもできなかった。そしてそのことを知っているのは私と家礼だけだ」
愛する妻にそっくりな娘が原因で愛する妻が亡くなり、その娘が息子を殺しても罰することはできなかった、ですか。私は複雑な気持ちになりながら、お父様の話を聞き続けることを選びました。
ありがとうございました。