竜狩り(中編)
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「……このままじゃ、僕は、力に飲み込まれる……!」
ファリオンは息を荒げ、震える拳を握りしめた。
戦いの余韻がまだ残る中、胸の奥には言い知れぬ恐怖が渦巻いていた。
イグニスは黙ってその姿を見つめる。
肩にのしかかる重圧。
それを察しながらも、彼は何も言わず、ただ耳を傾けた。
純粋でありながら、危うい力――。
もし、このまま制御できなければ……
いつか彼自身を、そして周囲をも傷つけてしまうかもしれない。
イグニスの胸に、不安とともに確信が芽生えた。
「器があれば……」
力を制御するための道具――それがあれば、ファリオンは今より上手く力を扱えるだろう。
イグニスはふっと息をつき、視線を下ろす。
うなだれる弟子の姿が目に入った。
「やれやれ、世話の焼ける弟子だな」
そう呟きながらも、その目はどこか温かい。
困難を抱える弟子を助けるために何ができるのか。
彼の心は、すでに決まっていた。
家に戻ると、リリスとアステリアが驚きの声を上げた。
「何があったの、その傷だらけの姿!」
リリスは怒ったように二人を見つめる。
「怪我、大丈夫?」
アステリアが心配そうに駆け寄る。
「竜を……倒したんだ」
エルディアスが誇らしげに言ったが、リリスに睨まれ、慌てて口をつぐむ。
「まったく……危ないことして!」
リリスの説教は長かったが、二人はそれを大人しく聞いていた。
夜が深まり、冷たい風が庭を撫でる。
ファリオンはひとり星空を見上げていた。
その姿を見つめるように、イグニスが歩み寄る。
隣に腰を下ろすと、しばし沈黙が流れた。
「お前の力は、確かに強い。でも、それをどう使うかは、お前次第だ」
イグニスの低い声に、ファリオンは少し顔を上げる。
空を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「師匠……僕の力って、一体何のためにあるんだ?
どう使えばいいのか、正直わからない」
イグニスは彼の横顔を見つめ、静かに答えた。
「お前の力は、主神アウルスから与えられた大いなるものだ。その力は、エルディアスと共に世界の均衡を守るためにある。だが――」
イグニスの声が少し低くなる。
「その力自体が善か悪かを決めるものではない。
力をどう使うかは、お前の心にかかっている」
ファリオンはしばらく考え込んでいた。
「僕は……力を使って強くなりたい。周りの人たちを守るためにも、自分をもっと高めたいんだ」
その声には焦りと、少しの迷いが滲んでいた。
イグニスは彼の肩に手を置く。
「戦う力が必要な時もある。だが、お前の力は、ただ戦うためにあるわけじゃない。その力は、人々を支え、未来を切り開くためにも使える」
「……でも、具体的にはどうすればいいんだ?」
ファリオンは眉をひそめる。
「戦う以外で、僕の力に何ができる?」
イグニスは微笑み、夜空を見上げる。
「神々の力がなぜ存在するか……それは、この世界を脅かす魔族から人間たちを守るためだ」
「魔族……?」
ファリオンの目が見開かれる。
「そんな存在がいるの?」
その瞬間、吹き抜ける冷たい風が、まるで何かの予兆のように二人の間を通り抜けた。
「……いずれ、お前も知ることになる。魔族はすでに動き出している」
イグニスは静かに夜空を見上げ、低く呟いた。
ファリオンは思わず息をのむ。
焚き火の炎が、かすかに揺れる。
「師匠……魔族って、どんな存在なんだ?」
「人間の影に潜み、弱き者の心を蝕む存在だ。
奴らは、絶望と憎しみを糧とし、じわじわと世界を侵食していく」
イグニスの声は静かだったが、焚き火の赤い光に照らされたその横顔は、わずかに険しさを帯びていた。
「もし放っておけば、人間界だけでなく、天界にも影響が及ぶだろう」
ファリオンは拳を握る。
「……つまり、いずれ僕たちも戦うことになるってことか」
イグニスは答えなかった。
その代わりに、薪がはぜる音だけが夜の静寂に響いた。
その時――。
ファリオンは、背後に何かの気配を感じた。
反射的に振り向く。
だが、そこには何もない。
だが、たしかに――。
誰かに見られている気がした。
ファリオンは、そっと焚き火の方へ視線を戻す。
イグニスは静かに炎を見つめながら口を開いた。
「……お前の戦いは、これから始まる」
焚き火の炎が、不自然に揺らめいた。
まるで、何かがそこにいるかのように。
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