静かな炎の槍
――大気が震えた。
戦場の上空。
突如、光が集束する。
それは眩い輝きを放ち、次第に黄金の門の形を成した。
門の中央に刻まれた神聖なる紋章が、ゆっくりと開く。
そこから――
白く大きな翼が羽ばたき、武装した天使たちが降り立った。
槍を構えた神の戦士たちが、続く。
その最後尾に、ひときわ異質な存在がいた。
戦神ザファード。
銀の髪が、戦場の熱気に揺れる。
深紅の瞳には、狂気ともとれる光が宿っていた。
崩れ落ちた街。
そこに蠢く、異形の黒――魔族たち。
彼は戦場の光景を見た瞬間、喉の奥で低く笑う。
(……いいな)
ザファードの指が、大剣の柄を握りしめる。
(戦いたい……!)
だが、彼はこの軍の指揮官。
冷静に戦況を見極め、統率しなければならない。
理性が、彼を押しとどめる。
しかし――
前線で魔族が兵士を引き裂くのを目にした瞬間、
彼の理性は、砕け散った。
「もういい!! 出るぞ!!」
ズドンッ!!
地を蹴る。
瞬間、空気が爆ぜる。
彼の背の大剣が、唸りを上げた。
「ザファード様!!」
部下の叫びが背後で響く。
しかし、彼はすでに突撃していた。
その頃。
討伐軍の後方。
静かに戦場を歩く男がいた。
赤い髪が風に揺れ、炎のようにたなびく。
イグニスは、長槍を手に、ゆっくりと歩を進めた。
燃え盛る街。
崩れ落ちた建物。
そして――
魔族だけではなく、人間同士の殺し合いの跡。
血の匂いが、辺りに漂う。
イグニスは、目を閉じた。
(……これは、俺が与えた火)
本来、人間を支えるはずのもの。
寒さをしのぎ、食を豊かにし、文明を築く力。
しかし、今その火は――
憎しみと争いのために使われ、街を焼き尽くしている。
イグニスは、槍を握る手に力を込めた。
(俺は、本当に正しい選択をしたのか?)
「イグニス様、援護を!!」
兵士の叫びが耳に届いた。
イグニスは、槍を構える。
「ここは、通さない。」
淡々とした声が響く。
槍が動いた瞬間、炎が閃いた。
シュッ――!
一閃。
それは無駄のない、洗練された一撃だった。
炎の残光が軌跡を描き、魔族が静かに崩れ落ちる。
ザファードは、大剣を振るいながら叫んだ。
「イグニス! 少しは前に出たらどうだ!?」
彼は戦場の嵐。
猛り狂う戦神として、敵を蹴散らしていく。
その姿に討伐軍の兵士たちも引き込まれ、戦場の勢いが増す。
しかし――
イグニスは違った。
「俺の戦い方は、お前とは違う」
静かに告げ、槍を構え直す。
戦況を読み、必要な場所で槍を振るう。
それが、彼の戦い方だった。
突如、影のように魔族の巨躯が迫る。
黒い翼を広げ、牙を剥き、天から襲いかかる。
イグニスは、わずかに視線を上げた。
「……遅い」
槍の切っ先が、一閃。
魔族の動きが止まり、
続けざまに、イグニスが踏み込む。
長槍は心臓を正確に貫いた。
そして――
炎が爆ぜる。
魔族は塵となり、消えた。
「イグニス!!」
戦場の向こうから、ザファードの声が響く。
「お前が突っ込めば、もっと早く終わるんじゃないか!?」
豪快に笑う戦神。
しかし、イグニスは淡々と返す。
「俺は、俺に出来ることをするだけだ」
ザファードは鼻で笑う。
「ま、どっちでもいいさ。俺は俺でやる、お前はお前でやる。それでいい。」
「……ああ。」
ガキィンッ!!
鋭く槍が閃き、魔族の刃を弾き飛ばした。
ザファードのすぐ横。
「……油断しすぎだ」
イグニスが静かに呟きながら、槍を回す。
シュッ――!!
次の瞬間、魔族の胸を正確に貫き、
燃え上がる炎とともにその体を塵へと還した。
ザファードは、大剣を肩に担ぎながら眉をひそめる。
「……いいとこ持ってくなよ。」
イグニスは、槍を振り払うと淡々と言い放った。
「気を抜くな」
「チッ、つまんねぇヤツだな。」
ザファードは舌打ちしながらも、どこか楽しそうだった。
戦場の炎が、徐々に沈静化していく。
魔族たちはほぼ殲滅された。
生き残った討伐軍の兵士たちが、歓声を上げる。
「勝ったぞ!!」
その歓喜の声を、イグニスは黙って聞いていた。
街の焼け跡に立ち尽くし、静かに目を閉じる。
人間たちは、この地でまた生きていくのだろうか。
焼け落ちた建物。
瓦礫の間から覗く、血に染まった大地。
かつてこの街には、暮らしがあった。
子どもたちの笑い声。
家族の温もり。
そのすべてを、人間自身が壊したのだ。
イグニスは、槍を静かに収めた。
彼の与えた火が、再び希望となることを願いながら――
「終わったか……」
ザファードが空を仰ぐ。
戦場の血の匂いが、少しずつ薄れていく。
「……もう一戦、やりたかったなぁ」
愉快そうに呟く彼を横目に、イグニスは無言で歩き出した。
「おい、どこ行く?」
「帰る」
短く答えると、イグニスは槍を収め、踵を返す。
ザファードは肩をすくめ、苦笑した。
「相変わらず、つまんねぇヤツだな」
ザファードは肩をすくめ、苦笑した。
だが――
その言葉とは裏腹に、彼の口元には
わずかに、満足げな笑みが浮かんでいた。
戦場に、炎が静かに燃え続けていた。
その時――
ゴォォォ……。
どこからともなく、低く響く音が広がる。
ザファードの笑みが、わずかに消えた。
「……ん?」
イグニスの足が、ピタリと止まる。
風が止む。
燃え尽きたはずの戦場の空気が、異様に重くなった。
イグニスはわずかに眉をひそめ、
ため息混じりに呟く。
「……だから、帰るって言ったのに」
彼の槍が、再びゆっくりと構えられる。
ザファードは不敵に笑いながら、大剣を肩に担いだ。
「どうやら、もう一戦つきあうことになりそうだな?」
戦場に残る炎が、再び揺らぎ始めていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。
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