冬の夜の奇跡
この作品をご覧いただきありがとうございます!
第1話では、神と人間の少女の出会いが描かれています。物語の世界観を少しずつ広げていきますので、最後までお楽しみいただけると嬉しいです。
冬の猛吹雪が荒れ狂う夜。
隙間風が容赦なく吹き込む貧しい農村の小屋の中、少女は力なく倒れていた。
「……お母さん……」
か細い声が、凍てついた空気に消えていく。
痩せこけた体は冷たさに震え、頬に触れる母の手は、すでに温もりを失っていた。
(……わたし、死ぬの?)
幼い少女には、あまりに残酷な結末だった。
目の前には、ひび割れた壁と壊れかけた屋根。
村全体が飢えと寒さに喘ぎ、この冬を越えられる者がどれほどいるのか、誰にもわからない。
少女は、ゆっくりと瞼を閉じた。
──その瞬間。
ギィ……。
重い扉が軋む音が、静寂を破った。
吹き込む風の向こう、そこに何かがいた。
いや、誰かが。
フードを深く被った男が、小屋の入り口に立っていた。
彼の足元には吹き溜まった雪。
こんな吹雪の中、どこから現れたのか。
(……旅人? こんな夜に、こんな村に……)
意識は朦朧としていたが、彼の姿がぼんやりと見える。
そして、男は無言のまま小屋の奥へと進み、冷たくなった母の亡骸に一瞥をくれた。
次の瞬間──少女のそばに膝をつき、その小さな体を抱き上げた。
「生きたいか?」
低く、どこか人ならぬ響きを持つ声が、闇を切り裂くように響いた。
少女の体が、ぴくりと動く。
フードの奥からのぞく瞳と視線が絡んだ。
──金色に燃える、琥珀の瞳。
「このままでは……もう長くは持たないだろう」
男は静かに呟いた。
その声には焦りも戸惑いもない。ただ、静かな哀しみが滲んでいた。
彼はローブを広げ、少女の身体を包み込む。
──その瞬間、少女は驚いた。
(……暖かい……)
それは焚き火のような温もりだった。
いや、焚き火よりもずっと……お日さまのように、優しく包み込むような熱だった。
「……私と共に、来るか?」
男の問いに、少女はかすかに頷く。
その腕の中が、あまりにも心地よく、あまりにも安らかだったから。
「お前の名は?」
「……リ……リス……」
かすれた声で名を告げた瞬間、男は力強く少女を抱き上げた。
フードが肩に滑り落ち、燃えるような赤い髪が風に揺れた。
「私はイグニスだ。よろしく、リリス。」
彼の琥珀色の目が優しく細められ、微笑みがこぼれた。
──そして、この夜。
神と少女の運命が交差する。
その先に、世界を揺るがす炎が灯るとも知らずに。
イグニスは、リリスの小さな手をそっと握り、もう一度、村の荒れ果てた光景を見渡した。
この村の家々からは、灯りひとつない。
遠くに見える丘の上の家すら、沈黙に包まれ、誰も生きている気配がない。
凍てつく夜風が、イグニスの赤い髪を揺らす。
ふと、彼は小さく呟いた。
「……やはり、神々の叡智といえど……火は人間に伝えたほうがいい。このままでは、人は滅びてしまう。」
それは、誰に向けた言葉でもなかった。
ただ、静かに燃え続ける彼の想いが、夜の闇に消えていく。
やがて、イグニスはゆっくりと踵を返し、吹雪の中へと歩き出した。
その腕の中には、まだかすかに温もりを持つ、ひとりの少女を抱いて──。
第1話を読んでいただき、ありがとうございます!
ここから神々と人間の運命が交差する物語が動き出します。
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