カレンダーに恋する男
カビの生えた壁紙に、何時のか判らない一枚もののカレンダーが貼られている。
下の方には1月から12月の日付が小さい字で印刷されてるが、そもそも、昔のものだけに、今年のカレンダーとしての意味はない。
男にとって大事なのはその数字の羅列ではない、カレンダーの大部分を占めている、女性の全身の写真である。
男は、その写真の女性におはようといい、行ってくるよと部屋を出て、ただいまと言って帰ってくる。そして、お休みと囁いて、その女性の口に自分の口を着けてから就寝する。
その生活が、十何年続いたのか、何十年続いたのか自分でも判らない、TVは無い、現実のその女性の姿を見たくないから、携帯も解約した。何かの拍子に女性の今の画像を見るのが怖いからだ。その代わりに固定電話を引いた。
彼は、カレンダーの中の女性に恋をしていた。そしていつも思う、できるなら本物を抱きしめたいと・・・
古いカレンダーを止めてある画鋲は錆びていた。紙の縁もあちこちが劣化して切れ目ができていた。そこを補修もせずに男はカレンダーの写真を何時も見入っていた。
ある寝苦しい夜、男は下着姿のまま窓を開けて寝て居ると、ふわりと生暖かい風が吹き込み、カレンダーは風でかすかにはためいた。風は徐々に強くなり、やがて画鋲で留められていた部分の紙が破け、カレンダーは壁から自由になった。そして、布団を掛けずに寝ていた男の上にふわりと落ちた。と思った瞬間、男の体にカレンダーが巻き付いた。
「うぐ・・・」男の口にはカレンダーの女性の口が貼り付き剥がれない、男は苦しさにもがき続けたが、カレンダーは強く男の体に巻き付き、破れも離れようとしない、紙に巻き付かれた男は芋虫のように動き続けたが、やがて男の動きが止まった。
数日後、無断欠勤が続くために不審に思った会社の上司が、不動産屋と警察と共に、部屋に入ると、そこはもぬけの空であった。ただ、床におちたカレンダーには、今は老女となったとある女優の若い頃の写真と、苦悶の表情を見せる男が映っていた。
しかし、誰もそれには気づくことがなかった。暫く後、男の部屋は整理され、新たな住人が越してきた。壁には、カレンダー付きの女性の写真が貼られた。