(96)エルフと答え
花火が彩る夜空の下、浴衣の袖をぎゅっと掴む夏菜の手。その小さな震えが、彼女の心そのものを握りしめているかのように伝わってきた。触れるだけでわかるその力は、自分の感情を必死に抑え込もうとする彼女の葛藤そのものだった。夏の夜風が頬をさらう中、ほんのり赤く染まった夏菜の横顔は、普段の勝ち気な彼女とはまるで別人のようだった。そこには、ただ一人の少女としての揺れる心が透けて見えていた。
「アタシのこと…本当はどう思ってるか聞かせてよ!」
その言葉は、唐突でありながら、真剣そのものだった。軽い冗談や皮肉でいつも流してきた夏菜が、こんなにもまっすぐな気持ちをぶつけてくるなんて、夢にも思わなかった。だからこそ、その問いが俺を完全に硬直させた。軽い言葉で受け流せるようなものではないことは一瞬でわかった。
(どう答えればいいんだ…?)
胸の中で自問するものの、何も出てこない。頭の中は真っ白で、ただ夏菜の揺れる瞳を見つめることしかできなかった。花火の光がその瞳に映り込み、まるで俺の心まで見透かされているような気がしてならなかった。
その時だった。
夜空に大輪の花火が咲き、眩い光が俺たちを包み込む。色とりどりの光が夜空に広がり、轟音が耳をつんざく。その瞬間、俺たちの間に時間が止まったかのような静寂が訪れた。音が聞こえなくなったわけではない。ただ、それ以上に胸の鼓動が大きく響いて、すべての音をかき消してしまった。
「夏菜は俺にとって──」
ようやく紡ぎ出そうとしたその言葉を、遠くからの声が遮った。
「あんちゃーん!」
反射的に振り返ると、銀さんが片手を振りながらこちらに向かってくる。その隣にはフィリアの姿。そしてさらにその隣には──浴衣姿の憧れのお姉さん。長い髪を美しくまとめたその姿は、花火の光を浴びて一層輝いて見えた。まるでこの場に現れるためだけに生まれてきたような存在感を放っていた。
「え…どうしてここに?」
驚きと困惑で頭がいっぱいになり、言葉が詰まる。けれど、フィリアが無事だったことに気づき、胸を撫で下ろした。その安堵に浸る間もなく、ふと隣に目をやると、夏菜の手がまだ俺の袖を掴んでいたことに気づいた。
その感触が再び胸をざわつかせる。ちらりと視線を向けると、夏菜の瞳が一瞬だけフィリアたちの方に向けられる。その瞳の奥には、何かを押し殺すような、苦しげな揺らめきが浮かんでいた。それが何を意味しているのか、俺にはわからなかった。ただ、その気持ちが俺の胸にも重く響いてくる。
やがて、夏菜の手がそっと袖を離れる。その動作は、何かを諦めるようにも見えた。彼女は顔をぷいっとそらし、小さな声で呟いた。
「…なんでもない。」
その一言は、彼女の本音を隠すためのものだったのだろう。でも、その声があまりにも弱々しく、胸の奥に鋭く突き刺さった。花火の光に照らされた夏菜の横顔は、いつもの強気な表情ではなく、どこか頼りなく揺れているように見えた。それがどうしようもなく心に残り、重たく響いてきた。
遠くで花火が夜空を再び彩る。けれど、俺の視界には、静かに視線を逸らす夏菜の姿だけが焼き付いていた。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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