(89)エルフと術式
倉庫前で、フィリアは石を並べながら小さく唸り、真剣な表情で配置を変えていた。その小柄な背中には、疲れの色が少しにじんでいるように見えた。俺はそっと水筒を差し出し、声をかけた。
「麦茶、持ってきたぞ。ちょっと休憩しようぜ。」
フィリアが顔を上げ、汗で赤らんだ頬と麦わら帽子の下で揺れる銀髪が目に入る。「ありがとうございます…!」
彼女の微笑みには安堵の響きがあり、その笑顔に一瞬心臓が跳ねる。でも、今はそんなことに気を取られている場合じゃない。フィリアを無事に帰すことが最優先だ。
水筒を受け取ったフィリアは、一口飲んでほっとした表情を浮かべた。その柔らかな笑顔が、さっきまでの暑さや疲れを吹き飛ばすように見えて、俺まで癒される気がした。
「すごく悩んでたみたいだけど、何か問題でもあるのか?」
軽く尋ねると、フィリアは麦わら帽子を直しながら、小さく頷いた。
「ええ…光の召喚獣を呼び出す術式を逆転させるのは初めてですので、少し複雑で…。それに、私がこちらに来てしまったということは、向こうで組んだ術式にもどこかミスがあったのだと思いますわ…」
フィリアの言葉には自分を責めるような響きがあったが、その瞳の奥には決して諦めない意志が見えていた。
「でも、大丈夫ですわ!」
急に顔を上げた彼女は、キラキラと輝く瞳で続ける。「あともう少しで完成しそうですの。無事に魔法陣が完成したら、毎日少しずつこの石にマナを込めていけば、きっと帰れるようになりますわ!」
その真剣な姿勢に、俺は自然と「そっか、なら無理せず進めていこうな」と声をかけた。
「ありがとうございます。ユウトさんも、いつも気遣ってくださって…」
フィリアは俺が差し出したタオルを受け取り、ぎこちない仕草で首筋を拭う。その不器用さが微笑ましくて、つい笑いそうになる。
ふと、地面に広がる大きな円形の石の配置を見て、疑問が湧いた。「それにしても、こんなに大きな魔法陣って、本当に必要なのか?」
円の直径は、フィリアが両手を広げても足りないほどだ。
「ええ、このくらいの大きさが必要ですわ。満月の夜、月の力を最大限借りるには、なるべく大きな方がいいのです。」
フィリアは自信を込めて答えるが、その言葉に俺の胸がじくりと痛んだ。さっき見た台風の予報が頭をよぎる。もし満月の夜に台風が直撃したら、フィリアの魔法はどうなる?もし帰れなかったら…。
けれど、今は言わない方がいい。不安を煽るだけだし、台風の進路が変わる可能性だってある。
「そっか、なら絶対にうまくいくようにしよう。でも、無理はするなよ。炎天下だし、熱中症になったら元も子もないからさ。」
俺は彼女の隣に腰を下ろし、軽く声をかけた。
フィリアは「ありがとうございます」と微笑んで頷き、再び石の配置に集中し始めた。その一生懸命な横顔を見ていると、胸の奥に温かさと切なさが入り混じった感情が広がる。
俺は麦茶を一口飲みながら、心の中で静かに願った。
どうか、満月の夜が穏やかでありますように。そして、フィリアが無事に帰れますように。でも、その願いの片隅で、「帰ってほしくない」という自分勝手な気持ちが顔を出していることに気づいて、俺は黙って空を仰いだ。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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