(82)エルフと一番風呂
「また来月の頭に来るときには、みかんラッシーへのお客様の反応を教えてね。」
お姉さんはにこやかに言いながら、手元の資料をきちんとまとめた。
「もちろんです!どんな感想がもらえるか楽しみです!」
俺が元気よく返事をすると、隣のフィリアも嬉しそうに頷く。その笑顔を見て、少し肩の力が抜けた。みかんラッシーのアイデアが、ようやく形になりつつあるという実感が胸に広がる。
ふと疑問が浮かび、思わず口を開いた。
「ところで、いつもはばあちゃんと相談してますけど、今日は大丈夫なんですか?」
お姉さんは軽く笑いながら答えた。
「今日は悠斗くんのために、有給休暇を使ったのよ。」
「有給休暇…?」
初めて聞く言葉に、思わず首を傾げる。
「簡単に言うと、会社にお願いして取る“大人の夏休み”みたいなものね。」
お姉さんは少し冗談っぽく微笑む。
「そ、そんなことまで…ありがとうございます。」
背筋を伸ばして頭を下げると、自然と感謝の気持ちがこみ上げてきた。
お姉さんはパンツスーツの裾を軽くはたき、ため息をつきながら言った。
「でもね、お休みなのに、いつもの癖でこんな堅苦しい格好で来ちゃったのよ。もっとラフな服装にすればよかったわ。」
少し照れたように笑うお姉さんの姿に、俺もなんだか気恥ずかしくなる。
「銭湯は今は営業時間外なのよね?夕方まで時間はまだまだあるし、入れないのがちょっと残念。」
その一言に、反射的に声を張り上げてしまった。
「は、入れますよ!ぜひ入っていってください!もうお湯を張ってますから!」
「え?」
お姉さんが驚いたように目を丸くする。
「いや、その…定休日明けで誰も入ってないので、一番風呂が楽しめます!本当に今が最高の状態なんです!」
矢継ぎ早に説明する俺を見て、お姉さんはクスッと笑った。
「そう?じゃあ、ご厚意に甘えて、せっかくだし入らせてもらおうかしら。」
バッグから財布を取り出し、番台に千円札を置いた。
「これでいいかしら?」
「あ、ちょっと待ってくださいね、お釣りを…」
慌てて対応しようとする俺の横で、フィリアがじっとこちらを見つめている。どことなく不満が混じった視線だ。
そして、彼女がぽつりと言った。
「わ、私も…一緒に…いいでしょうか?」
「えええええええええ!」
驚きのあまり声が裏返る俺をよそに、お姉さんは目を輝かせてフィリアを見つめる。
「もちろんよ!二人で一緒に入れば楽しいじゃない。」
フィリアは「少し準備してきますわ」と住居側へ向かう。その背中はどこかそわそわしていて、気持ちを整理しきれていないようにも見えた。
しばらくして戻ってきたフィリアは、麦わら帽子を取って耳を隠すようにタオルを巻いていた。けれど、その瞳はどこか俺の視線を避けている。
俺はその理由を考えながらも、精一杯の笑顔を作って送り出す。
「じゃ、じゃあ…二人とも楽しんでください!」
そう言ったものの、胸の奥に広がるモヤモヤは、すぐには晴れそうになかった。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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