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(8)エルフと箸

夜の七時ごろ、ばあちゃんが「ゆっくりご飯食べておいで」と気を利かせて声をかけ、俺の代わりに番台を引き受けてくれた。そのおかげで、フィリアと二人だけの静かな食卓を囲む時間が持てた。


テーブルには、少し気合を入れて準備した料理が並んでいる。甘辛いタレで香ばしく焼き上げた照り焼きチキン、バターの香りが漂うほうれん草とコーンのソテー、湯気が立つ炊きたての白米、そして玉ねぎの甘みが引き立った具沢山のコンソメスープ。普段の食卓より少しだけ豪華なメニューだ。


「今日はちょっと豪勢にしてみたんだ」

俺は照り焼きチキンを中央に置きながら、少し照れくさそうに言った。


「ばあちゃんから無事に許可もらえたしね。小さなお祝いってことで」

満足感を込めた言葉とともに、フィリアに箸を手渡す。


実は、今日ゆっくりと食事をする時間ができたら、彼女に箸の使い方を教えようと思っていた。北の国から来たという設定なら手づかみで食べるのは少し不自然だし、何よりフィリア自身が日本の文化に少しでも馴染もうとしているのが伝わっていたからだ。


フィリアは緊張した面持ちで箸を手に取り、持ち方を確認しながら慎重に一口ずつ食べ物を運ぶ。そのぎこちない動きがどこか可愛らしくて、思わず微笑んでしまう。


「あ、そこをこうすると持ちやすいよ」

箸がずれるたびに声をかけると、彼女は真剣な表情で何度も頷きながら挑戦を続けていた。そのやり取りに、食卓全体が穏やかな空気に包まれる。


最初に照り焼きチキンを口に運んだフィリアの目が輝き、表情がぱっとほころぶ。


「昨夜に続いて…本当に美味しいですわ!」

嬉しそうにそう言ってくれる彼女の姿に、俺も自然と笑みがこぼれる。


「そっか、よかった。それ、タレが焦げないようにじっくり焼いたんだ。甘辛い味付け、クセになるだろ?」

つい自慢気になってしまいながらも、照れ隠しに笑う。


「このスープも…とても香りが良いですわ。野菜の甘さが…たまりませんの。」

フィリアが心底感動したようにスープを一口飲む姿は、まるで宝物を見つけた子どものようで、俺の胸をじんわりと温かくした。


「ばあちゃんのおかげだな」

俺は少し照れくさそうに話を続ける。


「実は、ずっと子供の頃からこの銭湯に入り浸ってたんだよ。掃除したり手伝ったりしてるうちに、ばあちゃんが色々な料理を教えてくれてさ。こう見えて、ばあちゃんの料理は地元でも評判なんだぜ。」


「それでユウトさんがこんなにも料理上手なんですのね!」

フィリアが心底納得したように微笑む。その笑顔に、俺はまた少し誇らしい気分になった。


「まあ、ばあちゃんのレシピを真似してるだけだけどな。でも、こうして美味しいって言ってもらえるとやっぱり嬉しいよ。」

素直にそう言いながら、心の中でまた少し頑張ろうと思う。


フィリアが箸を動かすたびに扱いが慣れてきたのか、少しずつその動きに余裕が出てきた。「箸が使えるようになったら、この世界の料理がもっと楽しめるんですのね」と嬉しそうに言う彼女の姿に、俺も自然と心がほぐれる。


食事を終えたフィリアが、箸を丁寧に揃え、小さな声で尋ねてきた。

「食べ終わった後の挨拶は…ご、ごちそうさまでした、で合ってますのよね…?」


控えめなその言葉に、俺は自然と優しい声で返す。

「うん、合ってるよ。」


こうして静かに流れる時間の中で、彼女が少しずつこの世界に馴染んでいく姿が、俺には何よりも嬉しかった。


(明日は銭湯の掃除も教えてみるか。デッキブラシとかモップの使い方、意外と楽しいしな)そんなことを考えながら、穏やかな夜のひとときが更けていった。

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