(56)エルフと帰り道
ストレートビーチからの帰り道、夜風が心地よく頬を撫でる中、自転車を漕ぐ俺たちはほとんど言葉を交わさなかった。それぞれが今日の出来事を胸の中で噛み締めるように、静かに物思いにふけっていたのだろう。街灯がぽつぽつと灯る一本道を進む中、コンビニに立ち寄り、水分補給をする以外にはほとんど寄り道もなく、やがて銭湯の前に辿り着いた。
自転車から降りるために地面に足をついた瞬間、思わず体がぐらりと揺れる。背中にかかるフィリアの体重が、想像以上に重く感じられたからだ。振り返ると、彼女が俺の背に寄りかかりながら静かな寝息を立てている。その無防備で穏やかな表情を見ていると、自然と口元に微笑みが浮かんだ。普段はどこか気高く見える彼女が、こんなにも無邪気な顔をしているのが意外で、妙に愛おしく思えた。
「楽し過ぎちゃったのかもね。」隣から柔らかな声が聞こえる。振り向けば、夏菜が自転車のハンドルに手をかけながらほっとしたような笑顔を見せていた。その表情にはどこか満足そうな余韻が漂っていて、俺もつい同意するように頷いた。
「そうだな…楽しかったよな。」その言葉には、今日のすべてを思い返す感慨が込められていた。フィリアの寝顔、波打ち際での笑い声、桜貝を拾った瞬間、どれもが鮮やかに胸に残っている。
夏菜は少し照れたように視線を逸らしながら言葉を続けた。「悠斗、今日は本当にありがとう。なんだか、アタシまで癒されちゃった気がする。」
彼女の声には真剣さが混じっていて、俺は少し照れくさくなりながらも「いや、俺も楽しかったし」と短く返す。それが素直な気持ちだった。
夏菜はそのまま自転車にまたがり、ふと遠くを見つめるようにして呟いた。「つ、次は夏祭りだね!」その声には、どこか期待がこもっていた。
「またメッセするね!楽しみにしてる!」そう言いながらペダルを踏み込み、自転車を漕ぎ出す夏菜の後ろ姿を、俺はしばらく見送った。「じゃあね!」と振り返りながら手を振る彼女の姿が、夜の闇に溶けていく。
「またなー。」軽く手を振り返しながら、フィリアの寝顔に目を落とす。彼女をそっと起こそうと肩に手をかけると、まどろみの中で俺の手に甘えるような仕草を見せる。その無意識な動きに胸が少しだけ高鳴り、くすぐられるような感覚が広がった。
彼女を支えながら銭湯の中に入ると、体中に染みついた塩気や砂がやけに気になり始める。「フィリア、シャワー浴びようか?」と声をかけると、彼女はまだ眠たげな目をこすりながら小さく頷いた。その姿はどこか幼さを感じさせて、つい微笑んでしまう。
浴びるシャワーの熱さが疲れた体をじんわりと解きほぐしていく感覚に、今日という一日の終わりを実感した。部屋に戻ると、フィリアはすでにパジャマに着替え、布団の方へ向かおうとしていた。しかし、まだ布団を敷いていないことに気づいた彼女は、少し戸惑った様子で立ち尽くす。
「待ってて。今、敷くから。」俺が慌てて布団を広げると、彼女はその場にふわりと倒れ込むように横になり、すぐに静かな寝息を立て始めた。その寝顔を見つめるうちに、ふと胸の奥が締め付けられるような感覚が広がる。こうして一緒に過ごせる日々も、あと半月しかないのだと改めて思い知らされた。
隣にもう一つ布団を敷き、俺もそこに横になる。疲労が心地よく体に広がり、目を閉じると、今日の思い出が鮮やかに蘇ってきた。波打ち際で拾った桜貝の淡い光、夕陽に照らされたフィリアの横顔、そして静かに沈んでいった太陽の暖かさ。それらが一枚一枚、心の中のアルバムに刻まれていくようだった。
そしてその記憶たちが、やがて静かに夢へと溶け込んでいく。隣から聞こえるフィリアの穏やかな寝息を感じながら、俺は心地よい疲れと共に深い眠りに落ちていった。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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