(50)エルフと万全
砂浜に荷物を置き、場所取りが完了した瞬間、胸の奥から抑えきれない高揚感が込み上げてきた。見上げれば、雲ひとつない真っ青な空がどこまでも広がり、照りつける太陽が熱気を放つ。そして、目の前には果てしなく煌めく海。そのすべてが、これから始まる楽しい時間を約束しているようで、思わず顔が緩む。
俺は水着の上に羽織っていたTシャツを勢いよく脱ぎ捨て、全身で海風を感じながら大きく声を上げた。
「さあ、海だ!」
そのまま砂浜に飛び出そうと足を踏み出した──その時だった。
「ちょっと待った!」
鋭く響く夏菜の声に、思わず足が止まる。振り返ると、夏菜は肩にかけたバッグをがさごそと探りながら、得意げな笑みを浮かべていた。まるで「見てなさい」と言わんばかりに、瞳がキラキラと輝いている。
「まずは万全の準備よ!」彼女が取り出したのは、見るも無残にしぼんだビーチボール。つぶれて皺だらけのそれを目の前に差し出され、俺は困惑の表情を浮かべた。
「これ…俺が空気を入れるの?」ため息混じりに尋ねると、夏菜は胸を張って大きく頷く。その自信満々の態度に、俺は呆れるよりも思わず笑ってしまいそうになる。
「その通り!アタシたち女子にはやるべきことがあるんだから!」夏菜は俺を軽く押しやり、さらに追い打ちをかけるように言葉を続けた。
「いいから、あっち向いてなさい!絶対こっち見ちゃダメだからね!」
その真剣な声に、俺は思わず「なんでそんなに必死なんだよ」と突っ込みたくなったが、口をつぐむ。どうせ水着は下に着ているはずだし、脱ぐだけならそんなに大ごとではないはず。でも、試着室で胸を張って「これが一番!」とポーズを決めていた彼女の記憶が不意に蘇る。下手なことを言えばもっとややこしいことになるのは目に見えている。慌てて頭を振り、その記憶を振り払った。
「ほらほら、早くボールに空気入れちゃいなさいよ!」夏菜は俺を完全に無視し、手際よく荷物を整理し始めた。そのせかす声に従い、俺はしぼんだビーチボールに空気を入れ始める。
ふと横を見ると、夏菜が勢いよく服を脱ぎ捨てるのに触発されたのか、フィリアがおずおずと自分のジッパーに手をかけていた。その仕草は夏菜とは対照的で、慎重で控えめ。彼女らしいおっとりとした気遣いが感じられ、どこか守ってあげたくなるような雰囲気を漂わせている。
麦わら帽子をかぶったまま、それでも器用に服を脱いでいく姿を見て、俺は一瞬声をかけようか迷った。
「何か手伝おうか?」言いかけた言葉を寸前で飲み込む。きっと彼女は、自分でやり遂げようとしているのだろう。余計なことを言って彼女のペースを乱したくない。そう自分に言い聞かせ、再びビーチボールに意識を戻した。
「もういいわよー!」夏菜の元気な声が耳に届き、顔を上げる。振り返ると、ついに二人の水着姿が目の前に広がっていた。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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