(44)エルフと荷物
フィリアが帰るまで、あと15日。
火曜日の朝、銭湯の準備をしながら感じるこの不思議な余裕はなんだろう。日常の中に自然と溶け込んできたフィリアの存在が、俺の生活を少しずつ変えている。それが心地よくて、けれどどこか寂しくて。彼女が異世界へ帰るその日が近づいていることを考えると、ほんの少しだけ胸がざわつく。
明日は水曜日、銭湯は定休日だ。だからこそ、今夜はきっと多くの客で賑わい、疲れ果てることになるだろう。その未来が目に見えているからこそ、今日のうちに明日のビーチの準備を進めておくべきだ。
リビングの床に広げたバッグに、タオルや着替え、絆創膏、レジャーシート、濡れたとき用の羽織ものを一つずつ詰め込んでいく。これがただの荷物ではなく、フィリアとの楽しい時間を支えるための「準備」だと思うと、どれもこれも特別なものに思えてくる。「絶対に抜け漏れがあっちゃダメだ」と自分に言い聞かせながら、リストを頭の中で確認する。飲み物は明日の朝に買う。今入れるとバッグが重くなるし、保冷もできないからだ。
彼女にとって初めての海。砂浜の感触や、波打つ水面の眺めに、どんな反応をするのだろう。そんなことを考えると、自然と準備にも熱が入る。でも、一人で黙々と考えを巡らせていると、だんだん不安になってきた。こういうときはカナに相談するのが一番だ。
「こんな感じで持っていくものを揃えてるんだけど、どう思う?」
画像を添えて送ると、カナからはすぐに犬の「OK!」スタンプが返ってきた。その明快なリアクションに、俺は思わず安堵の息をつく。続けて、「遊ぶものはアタシが持っていくわね」と頼もしいメッセージが。カナらしい気遣いだな、と少し笑みが漏れた。
けれど、次のメッセージでその余裕は一瞬で吹き飛んだ。
「日焼け止めは?まさか、ユウト、真珠みたいなフィリアちゃんの肌を焼け焦げた食パンみたいにする気じゃないでしょうね?」
皮肉混じりの言葉と、ブルドッグのスタンプ。俺はハッとした。そうだ、フィリアの透き通るような白い肌を夏の日差しから守るには日焼け止めが必須だというのに、完全に忘れていた。
焦って家の中を探し回るが、目当ての日焼け止めは見つからない。その時、スマホがまた震えた。
「サンダルは?フィリアちゃんに怪我させるつもりじゃないでしょうね?」
今度は怒ったドーベルマンのスタンプ。俺はまたもやハッとした。砂浜の熱さや小石で足を傷つけないよう、サンダルも必要だ。でも、フィリアの分なんて準備していない。
「やばい、準備不足だ…!」
焦りが募る中、時計を見るともう十一時を回っている。銭湯の準備も進めないといけないのに、このままでは間に合わない。
「フィリア!」
リビングに飛び込むと、テーブルでノートを広げて日本語を勉強しているフィリアが驚いた顔でこちらを見上げた。その姿があまりにも無防備で可愛らしく、一瞬だけ罪悪感に襲われる。けれど今は迷っている場合じゃない。
「今日のお昼ご飯は冷凍食品で頼む!電子レンジの使い方、今教えるから!」
慌てて冷凍食品のパッケージを持ち出し、使い方を簡単に教える。
「これをここに入れて、このボタンを押すだけ!」
「は、はい…わかりました。」
フィリアは戸惑いながらも真剣な表情で頷いた。その素直な反応に少しホッとしながらも、俺はバッグを背負い、自転車にまたがる。
「行ってくる!すぐ戻るから!」
そう叫びながら商店街へ向かってペダルを漕ぎ出す。風を切る感覚が、焦る心をほんの少しだけ落ち着かせてくれるようだ。
「絶対に、フィリアに最高の思い出を作ってやるんだ。」
夏の青空の下、その決意を胸に抱きながら、俺は商店街へ急いだ。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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