(43)エルフと自転車
銭湯の掃除を終え、昼ご飯も済ませて少し時間ができた午後。俺は、フィリアが「自転車」に乗れるかどうか確認することにした。異世界から来た彼女が自転車なんて知ってるはずもないとは思いつつ、万が一のために聞いておきたかった。もし知らなければ、練習する時間を作らなきゃいけない。水曜日のビーチ行きが目前に迫る中、準備は万全にしておくべきだ。
「フィリア、ちょっと聞きたいんだけどさ…じ、自転車って…知ってる?」
緊張しながらも尋ねてみると、フィリアはエメラルドグリーンの瞳をパチパチ瞬かせ、「し、知りませんわ…」と小さく首を横に振った。その純粋な反応がなんだか微笑ましくて、つい口元が緩む。やっぱり、彼女にとっては未知の乗り物なんだ。
「そっか…じゃあ、ちょっと練習してみようか」と声をかけると、フィリアは不安げに眉を下げながらも、控えめに頷いてくれた。その姿を見て「思ったより素直だな」と感心していると、彼女がぽつりと一言。
「…これは、小さな鋼のゴーレム…ではないのですか?」
鋼のゴーレム?フィリアの言葉が突拍子もなくて、思わず吹き出しそうになる。どうやら異世界では、自転車に似た何か別の存在があるらしい。俺は深く追求せずに、「全然違うけどね」とだけ答えて、自転車を用意することにした。
銭湯の裏手の静かな道路に、母さんのママチャリを引き出してくる。俺が普段使うスポーツバイクとは違い、後ろに荷台がついたタイプだ。これなら、フィリアを後ろに乗せることもできそうだ。
「じゃあ、まずここに座ってみて」と荷台を指さしながら説明すると、フィリアはじっとフレームを見つめて考え込む。どうやら荷台に座るという発想自体が初めてらしい。俺は「そうだよな」と納得しながら、手を添えて一つ一つ動作を教える。
「足をここにかけて、それから腰を…そうそう!」
フィリアは慎重に動きながら、やがて荷台にしっかりと腰を下ろした。その様子が緊張しているのか、それとも新しい体験に興奮しているのか、なんとも初々しい。
「よし、じゃあ行くよ」と声をかけてペダルを踏み出す。すると、フィリアがバランスを取ろうとして俺の腰にそっと手を添えてきた。その瞬間、思わず心臓が跳ねた。予想外の距離感に、鼓動が一気に速くなる。けど、「気にするな、気にするな」と自分に言い聞かせながらペダルを漕ぎ続ける。
走り出すと、後ろからフィリアの小さな声が聞こえてきた。
「き、気持ちいいですわ…!」
その声がどこまでも嬉しそうで、澄んだ鈴の音みたいに響いてくる。その純粋な喜びが伝染して、俺も自然と笑顔になった。
だが、不意に頭をよぎるのは、「女の子に後ろから抱きつかれるなんて人生初じゃないか…」という妙に現実的な考え。そんなことを考えてしまった自分が恥ずかしくて、顔が少し熱くなる。けど、その瞬間、銀さんの言葉が頭をよぎった。
「ユウトくん、当たり前の日常を楽しませてあげることが大事やで。」
そうだ、今はただ彼女とこの時間を共有し、楽しませてあげることが最優先だ。そう思うと、さっきまでの動揺が嘘みたいにスッと消えた。ただ風を受けながら、フィリアが背中で微笑んでいるのを感じる。それだけで十分だ。
「これなら水曜日、ビーチに行けそうだな」と自信が湧いてきた。彼女の笑顔を背中越しに感じながら、俺は次の冒険に少しずつ思いを馳せていった。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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