(36)エルフと混乱
夏菜から勢いよく突きつけられた花火大会の誘いに、俺の頭の中は大混乱だった。
(花火大会に二人で行く…これって、もしかしてデートってことか?いやいや、夏菜のことだし、ただのノリかもしれない。でもなんで俺、こんなに動揺してるんだ?)
頭の中で堂々巡りする疑問を止められないまま、気づいたら口が勝手に動いていた。
「え、え…それってどういう…?」
恐る恐るの問いかけに、夏菜は一瞬だけ驚いたように目を見開いた。けれど、すぐに視線を逸らして、勢いで言い放つ。
「ふ、二人で行くわけないでしょ!ほんと、勘違いしないでよね!」
言葉にこそ力があったけど、ほんのり赤く染まった頬を見てしまい、俺はますます混乱する。あれってどういうことだ?照れてる?それとも怒ってる?いや、どっちもだろうか?
少しの間を置いて、夏菜がさらに口を開く。
「もちろんフィリアちゃんも誘うに決まってるでしょ!ね、フィリアちゃんも花火大会行きたいよね?」
突然話を振られたフィリアは、目をぱちくりとさせて驚いたようだった。でも、控えめに頷きながら、小さな声で返事をする。
「は、はい…ぜひ…!」
その返事を聞いた夏菜は勢いよく手を叩き、満足そうに頷いた。
「よし、決まり!絶対三人で行くからね!」
そう言い切った夏菜は、「じゃ、水曜日にメッセージでビーチの予定も決めるから!」と告げて、人混みの中へと軽やかに消えていった。
その場に残された俺とフィリア。俺はなんとも言えない気持ちで、夏菜の元気な去り際を見送った。
「やっぱり夏菜らしいよな…」そう呟いて苦笑いを浮かべる俺に、フィリアが控えめに声をかけてきた。
「あの…ユウトさん、もし私がいることでカナさんとのご予定にご迷惑をおかけするなら、花火大会は遠慮いたしますが…」
うつむきがちに話すフィリア。その申し訳なさそうな姿に、なんだか胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。
「そんなことないよ!夏菜だって、フィリアと一緒に行きたいって言ってたし、全然気にしなくていいから。」
そう慌てて言うと、フィリアは少しほっとしたように柔らかく微笑んだ。その笑顔が、妙に胸に刺さる。
気まずい空気を変えたくて、俺は屋台の方を指差しながら話題を変える。
「せっかくだし、屋台でも回ろうか。お腹空いてない?」
フィリアは一瞬だけ驚いたように俺を見上げ、それから控えめに頷いた。
「あ、はい…ぜひ。」
その返事にホッとして、俺は近くのカステラボールの屋台を指差した。
「あそこ、どう?甘い匂いがすごくいい感じだろ?」
フィリアは少し遠慮がちに屋台を見つめながら俺に頷くと、小さく「ありがとうございます」と言って袋を受け取った。
湯気の立つカステラボールを一つ摘み、恐る恐る口元に運ぶフィリア。小さな一口をかじると、彼女の表情がふわりと緩む。
「…とっても美味しいです。」
控えめな笑顔と、嬉しそうに輝く瞳。その様子に、俺も思わず笑みがこぼれる。
「カステラボールって、こういう時しか食べないけど、やっぱり癒されるよな。」そう話しかけると、フィリアは小さく頷きながらもう一口頬張った。その動作がぎこちなくて、でもひたむきで。まるで、ひとつひとつの味を噛み締めているように見える。
「こういう食べ物は…私の世界にはありませんでした。でも、こうして食べると…なんだか、安心します。」
その言葉に、胸の奥が温かくなる。
「そっか。フィリアがそう思ってくれるなら、もっといろんなの食べてみような。」
そう言うと、フィリアは少し驚いたように俺を見た後、ふわりと微笑んだ。その笑顔はどこか儚げで、けれど強さも感じられた。
屋台を回りながら、俺たちは他愛もない話を続けた。フィリアが見せる控えめな笑顔や、小さな声で伝える喜び。その一つひとつが、夏の夜を特別なものにしていく。
「花火大会、楽しみだな。」
ふと口にした俺の言葉に、フィリアは「はい…楽しみですわ」と控えめに笑った。その言葉が、胸の奥で小さく響いた。
銭湯に戻ると、いつものばあちゃんが笑顔で出迎えてくれた。「おかえり」と優しく声をかけられたその瞬間、なんだかほっとしたような気持ちになる。
「ありがとう、ばあちゃん。」感謝を伝え、フィリアと一緒に銭湯の片付けを手伝ったあと、俺は一風呂浴びることにした。
浴槽に浸かると、疲れた体がじんわりと癒されていく。その日の出来事が頭の中でぐるぐると巡り、気づけばぼんやりとフィリアと夏菜の笑顔が浮かんでくる。
布団に沈むと、そのイメージはさらに鮮明になった。提灯の光に照らされたフィリアの柔らかな横顔。夏菜のあの自信満々な笑み。俺たち三人が肩を並べて夜空を見上げ、打ち上がる花火を眺める光景──。
(まるで次の花火大会の予行演習みたいだな…)
そんなことをぼんやりと思いながら、俺は静かに瞼を閉じた。その先に広がるのは、今夜よりも少しだけ特別な未来の夢だった。
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