(31)エルフと浴衣
夕方、フィリアと一緒に銭湯の営業をしていると、ばあちゃんがショートステイから帰ってきた。いつものように明るい笑顔で、どこか旅行から戻ってきたかのような充実した表情を浮かべている。頬にはほんのり赤みが差し、瞳には生き生きとした輝きが宿っていた。
「ばあちゃん、なんかすごく元気そうだね。ショートステイって、そんなに楽しいの?」
俺が不思議そうに尋ねると、ばあちゃんはにっこり笑って「そりゃあね、新しい人と話せるし、違う景色も見られるんだから、楽しいに決まってるさ」と答えた。ばあちゃんにとって、新しい人との交流がどれだけエネルギーをくれるか、その言葉から伝わってくる。俺には少し羨ましい話だ。新しい人と話すのは、正直ちょっと疲れることが多いから。
隣ではフィリアが丁寧に「お帰りなさいませ」と礼儀正しく頭を下げている。ばあちゃんが「フィリアちゃん、元気にやってる?」と優しい声で尋ねると、フィリアは少し恥ずかしそうに微笑みながら「はい、皆さまがとても親切にしてくださるので、毎日が楽しいです」と頷いた。その姿にばあちゃんの目は細まり、まるで母親のような優しい眼差しを向ける。
そして、ばあちゃんがふと立ち止まり、懐かしそうにぽつりと言った。「そういえば、明日は納涼盆踊り大会だね。」
「盆踊り…?」
フィリアが首をかしげ、興味深そうな目を向ける。その仕草がどこか可愛らしくて、俺はつい口元が緩んでしまう。
「夏の風物詩さ。浴衣を着てみんなで輪になって踊るんだよ。」
ばあちゃんが目を細めながら話すその表情は、まるで遠い昔の記憶をたどっているようだった。「私も小さい頃はよく踊ったもんだよ。」その言葉に添えられた柔らかな笑みが、どこか心を温かくしてくれる。
盆踊りか…と、心の中で反芻する。フィリアが故郷へ帰るまでに、もっと特別な思い出を作りたいと思っていた俺にとって、これ以上ないイベントだ。
「どうだい、フィリアちゃんも連れていってあげたら?」
ばあちゃんの提案に一瞬迷ったが、俺は少し気がかりなことを口にした。「でも、金曜日は営業があるし、夜に抜けるのは厳しいかも。」
ばあちゃんは笑顔のまま軽く肩をすくめて言う。「確か、盆踊りは七時から九時くらいだったはずだから、夕方の手伝いだけしてくれれば、後は私が番台に立つよ。」
「本当に?」
思わず驚いてしまう俺に、ばあちゃんは自信満々に頷きながら「私に任せなさい」と頼もしい声で笑った。
フィリアに向き直り、「浴衣を着て、みんなで踊るんだよ」と説明すると、彼女は「浴衣…?」と再び首をかしげた。その不思議そうな顔に俺は少し焦る。初めての盆踊りなら、やっぱり浴衣を着せてあげたい。でも、今さらどうやって用意すればいいのか…胸の中にじわじわと焦りが広がっていく。
そんな俺の様子を察したのか、ばあちゃんが軽やかに助け舟を出してくれた。「私が若い頃に着ていた浴衣があるよ。藍色の、落ち着いた上品なやつでね。フィリアちゃんにもきっと似合うと思う。」
「本当ですか?」
フィリアの瞳がぱっと輝き、その顔には嬉しさが滲み出ている。それを見た俺は、自然と安堵しつつも誇らしい気持ちになった。
ばあちゃんが奥から持ってきた浴衣は、きちんと手入れが行き届いた藍色のもので、年季は入っているが品のあるデザインだ。それを手に取った瞬間、これを着たフィリアを想像し、自然と胸が高鳴る。
「明日、私がちゃんと着付けをしてあげるから安心して。」
ばあちゃんがそう言うと、フィリアは感激した様子で深く頭を下げた。「ありがとうございます…!」
その光景を目にしながら、俺は明日の夜に思いを馳せた。浴衣を身にまとったフィリアが楽しげに盆踊りをしている姿──そんな風景が目の前に浮かぶ。それを想像するだけで、胸がわくわくしてくる。
その夜、俺はいつも以上に元気よく銭湯の営業に力を入れた。明日の盆踊りが、フィリアにとって素敵な思い出になるように。そして、俺自身にとっても──。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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