(109)フィリアと語らい
女湯の着替え場所で一緒に着替えるわけにもいかなかったので、まずはフィリアが水着に着替え、女湯に入ってから俺を呼ぶ、という流れになった。
「ユウトさん、準備できましたわ」という声が聞こえてくる。
男湯の方で海パンに着替えて待機していた俺は、静まり返った誰もいない銭湯で、男湯から女湯の方へと向かう。
ガラガラと音を立てて中に入ると、そこにいたのはフィリアだった。そのかわいらしくも綺麗な姿に、一瞬息を呑む。夏のビーチで見た時も十分に綺麗だったけれど、今はさらにその魅力が際立っている。
白いフリルがついた淡い水色のワンピース水着が、なんだか妙に目を引いた。湯気の中でも銀髪は隠れることなくきらきらしていて、尖った耳がまたどこか神秘的というか、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。エメラルドグリーンの瞳は湯気越しにも鮮やかで、じっと見てると吸い込まれそうだった。白い肌がタイルに反射して、まるで彼女自身が光っているみたいだ。
素数だ。素数を数えろ。俺の心臓が持たないぞ…!いや、ルートが良いか?ルート2は1.414…。
「ユウトさん?」とフィリアが不思議そうに尋ねてくる。
「あ、いや、大丈夫!」
「じゃあ、湯船に入ってゆっくり語り合う前に、体を洗おっか!」
俺は慌てて彼女から目をそらし、シャワーの前に座る。
そうするとフィリアは「た、たくさんお世話になりましたので、お背中、流させていただきますわ」と言い出す。
──おいおい、それは危険だぞ!
これはきっと夏菜か、もしくはお姉さんが教えたことなのだろう。女性同士であれば良いかもしれないが…!
ここで断るのも申し訳ない。一カ月の感謝を込めて取り組もうとしてくれている彼女に報いるためにも、そ、それじゃあ背中だけ、と口にする。
彼女はタオルにソープをつけて優しく背中を洗い始めてくれた。あまりにも力が弱くて、逆にくすぐったい気持ちになる。
思わず笑ってしまった。
「ゆ、ユウトさん、わ、私、何か変なこと、してしまいましたか?」
「ううん、大丈夫。フィリアだなぁって思ってさ」
「そ、そうですか…」
そうやって笑ってしまったことで、これまでの緊張が一気にほどけた。
「思い返せば、色々あったよな。最初はみんなにバレないかとか、みんなが受け入れてくれるかとか、仲良くできるかとか、食事が合うのかとか、色々心配ばっかりしてたけど、それも全部、杞憂に終わって本当に良かったよ」
「ユウトさんのおかげですわ」
「見知らぬ世界にやってきて、どうしようかと思って不安でいっぱいだったのですが、ユウトさんと一緒に毎日を過ごす中で、安心と幸せが心に満ちていきました。本当に本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。」
「何か、私に恩返しできることはありませんか?」
その言葉を聞いて、俺はふと思う。もう既に、自分はもらったのだと。
「ううん、フィリア。もう十分なんだ。俺はきっと、フィリアが来てなかったら、この高校一年生の夏を、ひたすら銭湯でのバイト、もしくは時々夏菜に連れ回されるぐらいで終わってたと思う。」
「けど、フィリアが来てくれたおかげで、きっとこれから、一生忘れられないぐらい、幸せな思い出ができた。だから、御礼をするのはきっと俺の方なんだと思う。ありがとう、フィリア」
フィリアの背中を洗っていた手が止まる。
「フィリア…?」
「そ、その言葉が…とても嬉しいですわ。す、少しの間、後ろは向かないでくださいね…」
「う、うん。」
どうしたんだろう?ちょうど自分の真後ろにいて、鏡にもフィリアの表情は見えない。
「せ、折角なので、髪の毛も洗って差し上げますね!あの黒髪の御姉様から、洗い方を教わったので、ユウトさんの髪も綺麗に仕上げてみせますわ!」
と、力強くわしゃわしゃと洗い始めるフィリア。
「ちょ、ちょっとフィリア」とつい俺は笑ってしまう。
「ユウトさんに楽しんでいただけたなら、何よりですわ」と鏡にフィリアの笑顔が写る。
そうやって体を洗って、頭を洗って、湯船につかって、この一カ月の思い出を語り合っていると、ついつい長湯をしてしまい、二人そろって、また早めの昼寝を取ることにした。
雨音に包まれながら、フィリアとこうやって横になってふとんを敷いて寝るのも、これが本当に最後だなと思うと、寂しい気持ちでいっぱいだったけれども、なんだか一カ月の思い出に包まれ、まどろみに落ちていく瞬間は幸せそのものだった。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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