(107)エルフと最後
今日は、フィリアが帰る日だ。
水曜日の朝、銭湯の定休日。俺とフィリアはショートステイに向かうばあちゃんを見送っていた。
台風は急に移動速度を速めたようで、気圧も一般的な台風と同じに戻り、もうしばらくすると熱帯低気圧に変わるという。それでばあちゃんのショートステイも通常通り実施されることになったらしい。
「お世話になりましたわ。おばあさま」
フィリアは深々とお辞儀をする。彼女のその丁寧な仕草に、ばあちゃんは目を細めて笑った。
「フィリアちゃん、またいつでもいらっしゃいね」
「ユウト、ちゃんと見送るんだよ」
「うん、もちろん」
昨日、大掛かりなサプライズお別れ会をやったこともあり、ばあちゃんとフィリアとのお別れはあっさりしたものだった。
ばあちゃんを送り出したあと、フィリアと二人で玄関先に立つ。雨音が微かに聞こえ、台風の残り香を感じる。
「天気予報を見ていると、夜には雨も止んで雲も切れるらしいから、移動は問題なさそうだよ」
俺はスマホで確認した天気予報を伝えると、フィリアはほっと息をついた。
「安心しましたわ」
「でも、逆に夜遅くの出発になるから、それまでは少しゆっくりしようか」
彼女は少し考え込むように黙ったあと、真剣な表情で言葉を続けた。
「お、お世話になった銭湯を、もっと綺麗にしたいですわ」
フィリアらしい提案だ。彼女の働き者な性格を思えば、驚きはしない。でも、それじゃ休めないだろう、と俺は首を横に振る。
「気持ちだけで十分だよ。それよりも、せっかくだから朝風呂に入ってみないか?」
「え、朝風呂?」
彼女は驚いたように俺の顔を見上げた。その瞳には好奇心と少しの戸惑いが混じっている。
そう、さっぱりして気持ちよくなって、今日一日を気持ちよく過ごしてほしい。少しだけ入れば爽快だし、ゆっくり入れば眠くなって昼寝もできる。今夜に向けて英気を養うにはぴったりだ。
「実はもう、お湯は張ってあるんだ」
ばあちゃんに「これ以上のサプライズはない」と言われたから、俺が自分で考えたサプライズだ。フィリア一人のために銭湯のお湯を動かすとなると、確かにお金はかかる。だからばあちゃんに相談して、次のアルバイト代からその分を引いてもらうように交渉した。
フィリアの目が大きく見開かれる。
「遠慮しないで、フィリア。最後に銭湯を楽しんでから帰ってほしいんだ。台風も弱まってきたけど、外に出るのはまだ危ないし、中で楽しんでもらうのが一番だと思うんだ」
俺は少し照れ臭そうに説明したけれど、フィリアは目を潤ませながら感謝の言葉を口にした。
「あ、ありがとうございます。ユウトさん」
そして、彼女は一瞬ためらったあと、何かを決心したように顔を上げた。
「で、では…私からも一つお願いが…!」
「ん?何?」
フィリアは少し恥ずかしそうに頬を染めながら、けれどもはっきりとした声で続けた。
「一緒に銭湯、入ってもらえませんか?」
――ええええええええええええええええええ!?
突然の提案に、俺は頭が真っ白になった。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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