(101)エルフとお願い
「もしもし?」
電話越しに聞こえた夏菜の声は、いつもの明るさがどこか欠けていた。間の空いたその静かなトーンが、微妙な違和感となって胸をざわつかせる。
「悠斗、いきなりどうしたの?」
声には警戒心が含まれていて、俺は一瞬口ごもりそうになったが、予定通り、フィリアが先に口を開いた。
「カ、カナさん…明後日が、私が帰国する日なのです。でも、台風の暴風雨で外出を控えるように言われておりまして…。それで…お世話になったカナさんに挨拶をしたいなと…。」
フィリアの声は少し震えていたが、誠実さと真剣さがそのまま伝わる。電話の向こうで、夏菜が反応する気配がした。
「…あ!」
突然、大きな声を上げる夏菜。
「ちょ、ちょっと待って!画面、映せるようにするから!」
スマホ越しに聞こえるゴソゴソとした音。慌てて身だしなみを整えているのが想像できる。その様子を思い浮かべて、俺はつい苦笑いを漏らした。隣でフィリアも画面をじっと見つめながら、小さく微笑んでいる。
しばらくして画面が切り替わると、夏菜の顔が映し出された。髪を急いで整えたのか、少し乱れているが、その寝ぼけたような雰囲気が妙に自然だった。
「はぁ…これでよし、と。…あれ?何よ、その顔。」
映った自分の姿を確認しながら、夏菜は俺をじっと睨む。
「いや、別に何も…」
俺がぎこちなく答えると、フィリアがすかさず口を開いた。
「カナさん、お顔を見られて嬉しいですわ。」
その一言に、夏菜は少し頬を赤らめ、目をそらした。
「そっか…フィリアちゃん、明後日帰っちゃうんだよね。」
夏菜の声には寂しさが滲んでいて、その響きが胸を締め付ける。
「はい。本当に名残惜しいですが…でも、本当にお世話になりましたわ。カナさんとご一緒した花火やビーチ、とても楽しかったです。」
フィリアが感謝を込めて微笑むと、夏菜も小さく笑みを返した。
「アタシも楽しかったよ。」
しばしの沈黙の後、夏菜がふいに眉をひそめた。
「でもさ…台風、結構やばいみたいだよ?近空からフライト、本当に飛ぶの?」
近空。それは近畿国際空港の略称で、正式名称で呼ぶ人はほとんどいない。
「だ、大丈夫らしいんだ。ほら、近空はヨーロッパ行きの便は滅多にキャンセルにならないって…。」
召喚魔法で異世界に帰るなんて、もちろん言えるわけがない。苦しい言い訳をひねり出しながら、視線を泳がせた。
「ふーん?」
夏菜の目が鋭く俺を射抜く。その視線に、背中を汗が伝うような気がした。
その空気を察したのか、フィリアが穏やかに微笑みながら口を開く。
「大丈夫ですわ、カナさん。こちらに来た時も、少し濡れておりましたし。」
「濡れてた?」
夏菜が怪訝そうに眉を寄せる。フィリアは慌てて手を振りながら言葉を補足する。
「あ、あの…その時も雨が降っていましたから…そ、それで!」
そのぎこちない説明に、夏菜は肩をすくめて「ふーん」と短く返した。その一言で場の緊張がわずかに和らぐのを感じたが、完全に解けたわけではなかった。
「まぁ、飛ぶならいいけどさ。…ほんと、大丈夫なんだよね?」
「だ、大丈夫!…たぶん。」
俺が慌てて答えると、夏菜は少し眉をひそめたが、それ以上は突っ込んでこなかった。
通話の終わり際、夏菜が少し笑顔を浮かべて言った。
「そっか…フィリアちゃん、気をつけてね。ほんと、無事に帰れるといいね。」
「はい、カナさん。本当にありがとうございました。」
フィリアが深く頷く。その真剣な姿を見て、夏菜の表情が少しだけ柔らかくなった。
「じゃあ、最後にひとつだけお願いしていい?」
「はい、何でしょう?」
フィリアが小首をかしげると、夏菜が俺をじっと見て、冗談めいた口調で言った。
「悠斗のこと、よろしくね。」
その言葉に思わず目を見開く。
「えっ、いや、別に…」
慌てて言葉を濁す俺を見て、夏菜はクスッと笑った。
「ほら、悠斗って頼りないからさ。フィリアちゃん、最後までちゃんと見ててあげてね。」
その言葉に、フィリアは柔らかく微笑みながら頷いた。
「もちろんですわ、カナさん。」
通話が切れると、フィリアが画面をじっと見つめながら小さく息を吐いた。
「カナさん、少し寂しそうでしたわね。」
「ああ…そうだな。」
曖昧に頷いたものの、それ以上の言葉が見つからなかった。
夏菜の寂しげな笑顔が頭の中で何度も繰り返し浮かび上がる。そのたびに胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われ、消えないもどかしさが渦を巻いていた。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
https://ncode.syosetu.com/n8980jo/
「続きを読みたい!」と思っていただけた際は、ぜひ【★★★★★】の評価やコメントをいただけると嬉しいです。Twitter(X)でのご感想も励みになります!皆さまからの応援が、「もっと続きを書こう!」という力になりますので、どうぞよろしくお願いいたします!
@chocola_carlyle




