第98話 看病してあげよう
「さて、クッキーは食べさせ終わったが、次はどうするか……。そろそろ一眠りしてもらって、身体を休ませるべきか?」
「会長、待ってください! 次はこれにしましょう!」
「……その前に、シェーナ君は大丈夫か? 鼻血が出ているように見えた気がするのだが……」
「い、いえ、それは気のせいです! それより、今はバーンズアークさんのことを気にしてあげてください!」
「わ、分かった。それで、次は……」
アイシス先輩はシェーナ先輩が手にしている小説を確認する。そして、頬を赤くして気恥ずかしそうにしながら口を開く。
「……これはなんというか、さすがに恥ずかしいというか……」
「お気持ちは分かります。ですが、これもバーンズアークさんのためです!」
「……う。分かった……。で、では、バーンズアーク、身体を起こしてくれ」
「分かりました」
なにをされるかは分からないが、おれにとって間違いなく嬉しいことだということは分かる。そう確信して身体を起こしたおれに対し、アイシス先輩は手を伸ばしてくる。そのまま、その手をおれの背中へと回し、ギュッと抱きついてきた。
「……ど、どうだ? 効果はありそうか?」
「…………………………」
「どうした、大丈夫か?」
「あ、はい、大丈夫です。すごく風邪に効いてる気がします」
「それならいいんだが……」
いかんいかん、あまりの衝撃につい思考が止まってしまった。だって、アイシス先輩の身体が柔らかくて温かくて気持ちがいいんだもん。特に胸がやばい。アイシス先輩の豊満な胸が密着していてすごい興奮してきた。
興奮といえば、こちらを見ているシェーナ先輩がまた鼻血を出している気がするのだが、たぶん気のせいだろう。
「……さ、さすがに恥ずかしいからもう終わりにしよう」
そう言って、おれから離れたアイシス先輩の顔は真っ赤に染まっていた。アイシス先輩もこう言ってるし、さすがに看病も終わりかと思ったが、シェーナ先輩がそれを止めに入る。
「会長! それなら、せめて最後にこれをお願いします!」
「なっ……! ……い、いや、先ほどのもそうだが、私とバーンズアークの関係でこれはさすがに……」
「なにを言っているんですか、会長! むしろ、お二人の関係性を考えれば、当然のことでしょう!」
「そ、そうなのか……? 混乱して、私にはよく分からなくなってきたんだが……」
「大丈夫です! わたくしを信じてください!」
シェーナ先輩の力強いその言葉に、戸惑っていたアイシス先輩は覚悟を決めたようでおれのほうを見た。
「き、君のほうは大丈夫なのか?」
混乱のためか、アイシス先輩はおれになにをするかを言っていない。だが、おれのほうには、もはや迷いなど存在しない。
「もちろん、大丈夫です」
「そうか、分かった。……で、では、いくぞ」
アイシス先輩は潤んだ瞳をしながらおれの肩に手を置いた。その後、しばし逡巡していたが、次第に顔を近づけてくる。……え? これって、もしかしてキスでは? え、マジで!? おれ、今からアイシス先輩にキスしてもらえるの!?
おれがそう考えているうちに、アイシス先輩のきれいな顔と桜色の唇が残り数センチというところまでせまってきている。その距離がゼロセンチになる、……前にバタッとなにかが倒れた音がした。
「シェーナ君!? ど、どうした、大丈夫か!?」
見ると、シェーナ先輩は盛大に鼻血を出しながら床に倒れていた。だが、そんな状況にも関わらず、シェーナ先輩はとても幸せそうな顔をしている。
「ああっ……。会長のこんな姿やあんな姿が見られるなんて、今日は最高の日です……」
「いったいなにが起きたんだ……? い、いや、それよりもまずはシェーナ君を休ませねば。バーンズアーク、すまないが看病は一旦終わりだ」
「あ、はい、分かりました」
アイシス先輩はシェーナ先輩を抱き上げもう一つのソファーに寝かせ、そのまま看病を始めた。よく分からないが、シェーナ先輩は気絶しているのにも関わらず嬉しそうに笑ってるからたぶん大丈夫だろう。
その後、しばらくしてシェーナ先輩のほうは落ち着いたようで、アイシス先輩がなにか独り言を言いながらこちらへ戻ってくる。
「改めて考えてみると、最後のあれはやはりおかしいな。私としたことがだいぶ冷静さを欠いていたようだ」
アイシス先輩の言う通り、さすがにキスはやりすぎだよな。おれとしては、やりすぎで全然構わないのだが。
「それで、君のほうはどうだ? 少しは体調が良くなったか?」
「はい、めちゃくちゃ良くなりました」
色々と嬉しかったり気持ち良かったりしたおれは、反射的にそう答えた。だが、嘘かというとそうではなく真面目な話、もう風邪は吹っ飛んでしまった気がする。
「そうか……。半信半疑なところもあったが、シェーナ君の言う通り本当に効果があるようだな。それなら……」
アイシス先輩は頬を赤くしながら、先ほどの言葉の続きを口にする。
「また、君が風邪を引いたときは、私がこうして看病してあげよう」
それを聞いたおれが、今すぐにでも風邪を引きたくなってしまったのは自然の摂理だった。