第97話 ナースさん
ナースなアイシス先輩が小説を片手に持ったシェーナ先輩と話し合っている。
「それで、この後はこうしたほうがいいという考えはあるのか?」
「そうですね。まずは、これをされてみてはいかがでしょうか?」
「……これは、なにか効果があるのだろうか?」
「大丈夫です。この小説の通りにすれば、バーンズアークさんは明日には元気になっているはずです」
「……シェーナ君がそこまで言うのならやってみるか」
どうやら、アイシス先輩はシェーナ先輩に高い信頼を置いているようで、疑問に思いつつもなにかをおれにしてくれるようだ。
「では、バーンズアーク。すまないが、少しだけ身体を起こしてくれるか?」
「……? はい、分かりました」
おれのほうも疑問を抱えつつ、言われた通りに身体を起こす。それによりできたソファーの空間にアイシス先輩が腰を下ろした。
「もういいぞ。横になってくれて構わない」
「え、あ、はい」
状況が飲み込めないままおれはアイシス先輩の言葉に従う。すると、頭の下には柔らかくも温かい感触。まさか、これは!
「会長による膝枕! これは間違いなく効果抜群です!」
「……だそうだが、どうなんだ?」
「空が半分しか見えなかった」
「……? どういうことだ?」
「あ、すいません。なんでもないです」
アイシス先輩の膝枕から見える光景に思わずそんな言葉が漏れ出てしまった。空、正確に言うなら知ってる天井が半分しか見えない。だが、だからこそ絶景であり、もう半分には二つの美しい山がそびえたっていた。
正面や横からのパターンと違い、胸を下から見上げるというシチュエーションはそうそうないからな。その希少性が理由かは分からないが、このアングルには妙にそそられるものがあった。
「それで、どうだ? 効果はありそうか?」
「はい、あります」
なんたって、頭の下は膝枕で上には大きな胸があり、天国と地獄ではなく上下ともに天国だからな。これにより、効果は二倍なのでシェーナ先輩の言う通り、こうかはばつぐんだ! だが、これで終わりではなく、アイシス先輩の攻撃もとい看病はまだ続く。
「会長! 次はこれです! これにしましょう!」
「わ、分かった。バーンズアーク、右手を出してくれ」
なぜかテンションの上がっているシェーナ先輩にやや気圧されながら、アイシス先輩がそう言った。そして、おれが右手を上げると、アイシス先輩はその手を自分の両手で優しくにぎってくれる。
当然、アイシス先輩は膝だけでなく手も柔らかく温かい。そんな手に包まれることで、おれはさらに気持ちよくなり、風邪にも関わらず嬉しくなってしまう。
だが、当事者のおれよりもシェーナ先輩のほうが喜んでおり、目を輝かせながらこちらを見ているのは気のせいだろうか? 熱のせいで、今度こそおれが幻覚をみているのかもしれない。アイシス先輩にこんなことをされている影響で、おれの熱はむしろ上がっているからな。
とはいえ、そもそも風邪をひいたときに熱が出るのは、身体の中で免疫細胞がウイルスと闘っているせいである。ウイルスは熱に弱いという事実を踏まえると、こうやってアイシス先輩に看病してもらうのは正しい治療法といえるかもしれない。
そして、発案者である聡明なシェーナ先輩が次なる治療法を提案し始めた。
「会長! 今度はこれです! これにしましょう!」
「……いや、だが、バーンズアークは病人でちょうど良い物が――」
「大丈夫です! 物よりもやることが大切なんです! というわけで、物はあれでいいでしょう!」
そう言って、この場を離れたシェーナ先輩はすぐになにかを持って戻ってきた。手にしているのはクッキーのようだ。
「クッキーはあまり病人向けではない気がするのだが……。バーンズアーク、食欲はあるか?」
「はい、すごくあります」
アイシス先輩にクッキーを食べさせてもらえるという展開に気付いたおれはそう即答した。
「では、会長! 食べさせてあげる際にはこうしましょう!」
「わ、分かった」
アイシス先輩は頬を赤くしながらおれを見て、クッキーを手にしながら恥ずかしそうに声を出す。
「……あ、あ~ん」
まさかの「あ~ん」とその可愛さに衝撃を受け、おれの身体は硬直してしまい動かない。そんなおれの姿を見て、アイシス先輩は気遣わしげに口を開く。
「やはり、食欲がないのか?」
「い、いえ、大丈夫です。なので、もう一度お願いします」
「そ、そうか。では、改めて、……あ~ん」
アイシス先輩が再度「あ~ん」してくれたクッキーを今度は食べることができた。美味い。ぶっちゃけ、この状況では味がよく分からないが、美味い。うん、間違いなく美味い。
そのとき、視界の端でポタっとなにかが落ちた気がした。そちらに視線を向けると、興奮した様子のシェーナ先輩が鼻血を出しているように見える。
「ああっ!! 会長と恋人さんのイチャイチャを間近で見られるなんて最高です!! これなら、バーンズアークさんもすぐに元気になるでしょうし、まさに一石二鳥ですね!!」
シェーナ先輩がハンカチで鼻を押さえながらそんなことを言った気がする。だが、シェーナ先輩がそんなに興奮する理由が分からないし、きっとおれの幻覚と幻聴だろう。アイシス先輩の「あ~ん」でおれの熱はさらに上がっているからなあ。