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第95話 また来てくださいね

 おれがオムパンを食べている間にサフィアのほうも落ち着いたようで、テーブルから顔を上げている。ずいぶんと恥ずかしがっていたから恨みがましい目で見られるかと思ったが、特にそんなこともなさそうで良かった。


 とはいえ、この後も色々とオプションをお願いするのはさすがに気が引けるな。だが、せっかくのメイドカフェでおれのテンションは上がっているようなので、この勢いであと一つくらいは注文させてもらおう。


「悪いが、もう一つだけ頼んでいいか?」


「……まあ、さっきより恥ずかしいのはないと思うからいいけど」


「じゃあ、このチェキ撮影をお願いします」


「いいけど……、これって確かポーズとか取るのよね。どういうのにするの?」


「そうだなあ……。ここはやはり定番のこれで」


 メニュー表の中にチェキ撮影の参考ポーズ一覧があったので、おれはその中の一つを指さす。定番ということはもちろん、二人の手でハートマークを作るやつである。


「うっ……。思ってたよりは恥ずかしいわね」


「まあ、嫌だったらこれでもいいけど」


「なによそれ?」


 おれは右手でハートマークの半分を作り、左手でサムズアップをして見せた。だが、サフィアの反応を見るに、このポーズはこの世界には浸透していないようだな。


「これも定番ポーズの一つで、通称は片思いハートだ」


「片思い……」


 おれのその説明に、サフィアはなぜか少し不機嫌になった気がする。


「で、どうする? 好きなほうを選んでいいぞ」


「……じゃあ、最初のほうで」


 最初のほうということは片思いハートではないほう、言うなれば両思いハートだな。まあ、おれとしてもこっちのほうが良かったし、サフィアの気が変わらないうちにチェキを撮ってしまおう。


 そういうわけで、おれはちょうど近くにいた店員さんにお願いしてチェキ撮影をしてもらう。やはり、かなり恥ずかしそうにしていたサフィアだったが、ちゃんとおれと手を合わせて両思いハートを作ってくれた。


 さて、チェキのほうは出来上がるのに少し時間がかかるとのことで、店員さんがその準備のために店の奥へ行こうとする。だが、その前にサフィアに対して声をかけてきた。


「サフィアちゃん、ちょっといい?」


「どうしたの、叔母さん?」


「少し頼みたいことがあるから、こっちに来てもらえる?」


「そうなのね、分かったわ」


「では、すみませんお客様。少しの間、メイドが席を外しますね」


「分かりました」


 おれはサフィア達を見送る。ふむ、あの人がサフィアの叔母さんでありここの店長さんか。確かに、サフィアによく似たきれいな顔立ちだし、髪の色も赤だったな。


 その後、サフィアが戻ってくるのを一人で待っていたおれだが、店内の一部がざわつき始める。どうやら、なにか揉め事でも起きたようだ。


「俺、ダーテ・タークマー、略してダテタク、へへ……、付き合ってよ、メイドさん」


「こ……、困ります……」


「困りますだって」


「キャワイーーッ!」


 ハタ迷惑なナンパだ……!! しかも、不幸にも絡まれているメイドさんはサフィアだった。さすがのサフィアも、客相手では強く出ることができないようなので、ここはおれが助けるしかないようだな。


「おい、お前ら、そのメイドさんから離れろ」


「ああ、誰だよ、テメエ!」


「おれはそのメイドさんであるサフィアの友達だ」


「そんなの、この店の中では無関係だ! 友達より、客である俺のほうが上だからな! 引っ込んでろ!」


 その理屈だと、おれも客だから対等になるはずなんだがな。まあ、そうくるならその言い分に従い、おれも言い方を変えよう。このメイドカフェのルールにのっとってな。


「だったら、なおさらサフィアは返してもらおう。今のサフィアの客、つまりご主人様はおれだ! そして、ご主人様であるおれにはメイドさんであるサフィアを守る義務がある!」


「……な、なんだ、コイツ……。守る義務とかなにを言ってんだ……」


「お前こそなにを言ってるんだ。おれが言ったことは当然のことだろう? 半端な気持ちで入ってくるなよ。メカフェの世界によぉ!!」


「……お、おい、お前ら、コイツやばいぞ」


「……あ、ああ、頭がおかしいんじゃないか」


「……コイツ、きっと異常者だ。もう帰ろうぜ」


 ハタ迷惑なナンパ一味はそんなことを言いながら退店していった。


 ……ふむ、なんかここでも異常者呼ばわりされてしまったが、確かにちょっと言い過ぎだったかもしれない。このメカフェでの非日常感から、深夜ならぬメカフェのテンションになっていたようだ。


「さて、サフィア、大丈夫か?」


「……あ、うん、平気よ。助けてくれてありがと」


「私からもお礼を言うわね」


 後ろからも礼を言われたので振り返ると、サフィアの叔母さん、つまり店長さんがそこにいた。


「いえ、むしろ、すいません。一応、あの人たちも客なのに追い出すようなことになってしまって」


「いやいや、いいのよ~。ああいう悪いお客がいると普通のお客さんまで減っちゃうからね~。だから、サフィアちゃんも次にあんなことがあったら、遠慮せず手を出しちゃっていいわよ。責任は店長である私が取るわ」


 オプションの件でも思ったが、どこまでも従業員ファーストな良い店長さんだな。


「あ、そうだ、さっきのチェキだけど、現像が終わったわよ~。はい、サフィアちゃんにも」


「ちょ、ちょっと叔母さん! あたしの分は後でもらうって言ったでしょ!」


「え~、いいじゃな~い」


 おれがチェキをもらうのは当然なのだが、なぜか店長さんはサフィアにもチェキを渡していた。そんなおれの疑問の目が気になったのか、サフィアが弁解を始める。


「こ、これはせっかくだから欲しくなっただけで、特に変な意味はないからね!」


「も~、サフィアちゃんたら照れちゃって~」


「だから、余計なこと言わないでよ!」


「それにしても、今日は良い物が見れたわね~。サフィアちゃんが男の子と楽しく話してる姿なんて初めて見たし、叔母さんも嬉しいわ~」


「もうっ、やめてよ! ほらっ、店長なんだから忙しいでしょ! はやく行って!」


 店長さんは顔を真っ赤にしたサフィアに背中を押されて店の奥へと戻っていく。その後、しばらくして一人で戻ってきたサフィアだったが、先ほどのことには触れるなと目で言っていた。これは、そろそろ帰ったほうがよさそうだな。


 おれがその旨をサフィアに伝え帰ろうとすると、メイドさんとしてサフィアは出入り口まで付き添ってくれた。さて、退店、いやメイドカフェ的にはお出かけの時間だな。


「じゃあ、おれは帰るから。今日は楽しかったよ、ありがとな」


「……ええ。じゃあ、その……」


 サフィアは手のひらを祈るように合わせそれを顔の右側に持っていき、上目遣いでおねだりする様なポーズで口を開いた。


「……ま、また来てくださいね、ご主人様♡」


 その言葉で、おれがこのお店の常連になることも決定したのは必然の成り行きだった。


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