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第94話 メイドさん

「それで、そろそろお店に入ってもいいか?」


「……え? あ、そうね、一応あなただってお客さんだものね」


 気を取り直したサフィアは右手を上げ、頬を赤くしながら口を開く。


「……で、では、こちらへどうぞ、ご、ご主人様」


 そう言って、サフィアはおれを奥のほうのテーブルへと案内する。最初のときはいかにもな営業スマイルであり、それでも美少女なだけあってとても可愛かったのだが、こうやって恥じらっていると可愛らしさが増すな。


 そんなメイドサフィアの後に続きながら、おれは店内を見回す。他の店員さんもみなメイド服を着ているし、やはりここはメイド喫茶のようだ。まさか、この世界にもメイド喫茶があるとはな。


 だが、メイドが嫌いな男子、いや人類、いや生命体なんていないからな。そう考えると、この世界にもメイド喫茶が存在していても不思議はない、いや当然のことと言える。


「では、ご注文はどうしますか?」


 席に着いたおれにメニューを差し出しながら、サフィアがそう問いかけてきた。


「その前に、普通に喋ってくれていいぞ。お前にそういう丁寧な喋り方をされるのはなんか変な感じだし」


「……そういうことなら、ありがたくそうさせてもらうわね。あたしもあなたにああいう喋り方をするのはしっくりこないし」


 やっぱり、こうやって普通に話してくれたほうが落ち着くな。さて、注文のほうだが初めてきたお店だし、ここは定番メニューにしておこう。ただ、ここが日本ではないため、お米ではなくパンを使ってるみたいだが。


「じゃあ、このオムライス……じゃなくてオムパンで」


「分かったわ。少し待っててね」


 サフィアはおれの注文をスタッフに伝えて戻ってきた。さて、料理を待つ間にサフィアに気になったことを訊いておくか。


「なんでこのお店でバイトしてるんだ? 変わったお店だって思うなら別のところでも良かっただろ?」


「このお店はあたしの叔母さんの店なのよ。だから、色々と融通もきくし給料も良いからここにしたの」


「なるほど。確かに、知り合いのお店だと都合の良い部分はあるよな」


 そうやって、しばし雑談を交わしていると注文したオムパンが運ばれてきた。まあ、見た目は普通のオムライスに近い。だが、ここがメイドカフェということはこの後が本番だな。


「で、これってケチャップでなにか描いてもらえるのか?」


「……まあ、それくらいならいいけど別料金よ」


「えっ、そうなの?」


 改めてメニュー表を見ると、確かにその手のオプションは別料金になっていた。まあ、大した金額ではないのでいいだろう。


「じゃあ、お金は払うから頼む」


「……はあ、仕方ないわね。言っとくけど、あたしは動物の絵とか描けないから一番簡単なやつよ」


 そう言って、サフィアがオムパンに描いたのはハートマークだった。……いやこれ、動物の絵よりもよっぽどドキドキするんだけど。サフィアも描いた後でそのことに気付いたのか、頬が赤くなってるし。


「ほら、さっさと食べなさいよ」


「いや、まだだ」


 おれは再度メニュー表に目を通す。ここがメイドカフェであることを考えれば当然アレがあるはずだ。……よし、やはりあったか。


「すみませーん、このー、美味しくなる魔法ってやつ、一つくださーい」


 おれは「お客様は神様」と言わんばかりのノリでそう言った。だが、この言葉は本来はとある歌手が歌う際の心構えとしていた物だ。ゆえに、決して客が都合よく使っていい言葉ではないということは、心に留めておきたい。


「……言っとくけど、一応あたしには断る権利があるのよ」


「えっ、そうなの?」


「ちゃんとここに書いてあるでしょ」


 サフィアが指さした部分を見ると、メニュー表の下のほうに『※対応したメイドによっては受けかねるオプションがありますが、ご了承いただけますと幸いです』という注意書きが存在していた。どうやら、このお店は従業員ファーストがモットーみたいだな。


「こういうところもこのお店の良いところよね。自慢じゃないけど、あたしは今まで一度もオプションを受けたことがないのよ」


「それは本当に自慢にならないが、そんなんで仕事は大丈夫なのか? そこまでいくと、さすがにクレームの一つもつきそうだが」


「むしろ、評判がいいみたいよ。よく分からないけど、その塩対応っぷりが逆に良いとかなんとか。ここは変わったお店だから変わった客が多いのかしら」


 なるほど。まあ、サフィアみたいな美少女に冷たくあしらわれるのが嬉しいという気持ちはよく分かる。我々の業界ではご褒美と言ってもいいからな。……あれでも、そうだとするとおかしいな。


「じゃあ、なんでさっきはオプションを受けてくれたんだ」


「…………そ、それはその、あなたとは知らない仲じゃないし、それに普段から色々と世話になってるから、それくらいはしてあげてもいいかなって。そ、そういうわけで、別に深い意味とかはないわよ」


 サフィアがやや早口になりながらそう言った。その後、サフィアは恥ずかしそうにツインテールを指でくるくるしながら、再び口を開く。


「……だ、だから、あなたがどうしてもって言うなら、……その美味しくなる魔法とかも……してあげなくもないわよ」


 他の客には塩対応なメイドサフィアだが、おれに対しては甘々な砂糖対応をしてくれるらしい。そういうことなら、ぜひともその厚意に甘えさせてもらおう。砂糖だけに。


「じゃあ、どうしてもお願いします」


「……うっ。……わ、分かったわ」


 サフィアは両手を合わせてぎこちないハートマークを作った後、顔を真っ赤にしながら美味しくなる魔法を唱え始める。


「……も、もえもえ~♡、きらきら~☆、マジカルきゅん♪、お、オムパンちゃん美味しくな~れ♡」


 …………なんだこいつ、すごい可愛いな。思わず、オムパンではなくおれのほうが「魔法にでもかかっちまったのさ」と言いたくなる可愛さだ。だが、そんな可愛いサフィアのほうは、あまりの恥ずかしさゆえかイスに座って顔を両手で隠し、足をバタバタさせていた。


 ……どうやら、かなり恥ずかしい思いをさせてしまったようなので、お礼くらいは言っておいたほうがいいか。


「わざわざやってくれてありがとな。すごい可愛かったぞ」


 おれの言葉にサフィアの肩がピクッと跳ねた。だが、むしろ恥ずかしさは増してしまったようで、今度はテーブルに顔を突っ伏して真っ赤であろう顔を隠そうとしている。だが、顔は隠れても耳は隠せておらず、そちらのほうは真っ赤に染まっているのが見えた。


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