第90話 誰にでもできる簡単なお仕事
「わたし、バイトを始めようと思うんです」
とある日の放課後、リミアがそう切り出してきた。
「バイトか……」
「はい、王都に来てから二ヶ月経って、ここでの生活にも慣れてきたのでいいタイミングかなと」
「確かにそうだな。それに、バイトをすればお金を稼げて社会勉強にもなるしいいんじゃないか」
「ありがとうございます。それで、気になるバイトの求人をいくつか集めてきたので、良かったら見てもらってもいいですか?」
「もちろんいいぞ。どれどれ……」
リミアが机に並べた求人のチラシに、おれは目を通していく。ざっと見た感じ、レストランや喫茶店、居酒屋などの定番系と言ったところだな。
「ちなみに、リミアはこの中だとこれにしたいとかはあるのか?」
「個人的にはこれが良いと思っているんですが。お給料が他と比べて高めですし」
「そりゃ高いほうがいいけど、それだと仕事内容が大変なんじゃないかなあ……」
求人のチラシの中の一つをリミアが差し出してきたので、おれはそれを受け取る。で、肝心の仕事内容は、『誰にでもできる簡単なお仕事です』……。なんだこれ、うさんくさっ! 誰にでもできる簡単なお仕事で給料が高いとかおかしいだろ!
しかも、応募条件の中に『女性限定』ってあるんだけど! なにこれ、給料が高くて女性限定とか絶対にいかがわしい系のお仕事じゃん。
「……あの、なにか問題があるんですか?」
おれの内心など知る由もないリミアが、穢れを知らない純真な瞳でおれを見てきた。守りたい、このピュアっ子。
……まあ、あれだよ、さっきはいかがわしいとか思っちゃったけど職業に貴賎はないよ。そういうお仕事も人の役に立つ立派なお仕事だよ。ただ、リミアみたいな女の子には向いてないし、そういうお仕事をリミアにはして欲しくないというおれのエゴだよ。リミアのためなら、おれは世界一のエゴイストにだってなれる。
さて、そうなるとどうしたものか? そういうお仕事の存在自体を知らないであろうリミアに、これはこういうお仕事だよという具体的な説明はしづらい。かといって、なんの説明もなしでこのバイトは駄目だと言うわけにもいかない。
悩みながら、おれはもう一度求人のチラシに目を通す。……あれ、よく見ると給料が他のバイトと比べて高いのはその通りだが、異様に高いと言うほどではないな。そうなると、おれの考えていたようなお仕事ではないのかもしれない。
そうなると、仕事の内容次第ではアリという可能性もあるな。それなら……。
「このチラシだけだと具体的な仕事内容が分からないから、とりあえず応募してみて面接のときにそこを確認したほうがいいだろうな」
「分かりました」
「それと、もう一つ」
「なんですか?」
「面接の際は、おれもついていく」
*****
リミアのバイト面接の日がやってきた。
「じゃあ、今日はよろしくお願いします」
「ああ、任せろ」
「それにしても、レインさんの<変身>って本当にすごいですね」
<変身>で美少女に変身したおれを見たリミアがそう言い、続けて疑問を口にする。
「でも、付き添いなのに女の子に変身する必要があるんですか?」
「まあ、応募条件が女性限定だから一応な。行ってみたら、男性はお店に入れませんって言われるかもしれないし」
「確かに、そうかもしれませんね」
「だろ。じゃあ、行こうぜ」
おれ達はリミアのバイト先になるかもしれないお店へ到着する。場所が大通りとかではなく路地裏だったので、少し怪しさが上がったなあ。まあ、それだけで決めつけるわけにはいかないし中に入ってみないとな。そう思いながらおれはお店のドアをノックした。
「はーい、どなた?」
「あのー、バイトの面接に来たんですけどー」
「あーはいはい、今開けるわ」
ドアが開き出てきたのはきれいな女性だ。見た感じ怪しくはないが、それが逆に怪しいとも言える。
「あれ、二人? 今日の面接予定は一人のはずだけど?」
「すいませーん。実はこの子が心配でついて来たんですけど、一緒にお店に入ってもいいですかー?」
「うーん、そうね。…………まあ、問題はなさそうだしいいわ。二人とも入ってちょうだい」
おれ達を魔眼で観察した後で相手がそう言った。今のはおそらく<変身>等の魔法を使っていないかを確認したのだろう。まあ、当然のごとくおれには通じないのだが、やはり男性を警戒しているということか? だが、女性が男性を警戒するのは別におかしいことではないからな。
……まあ、現状ではまだなんとも言えないか。とりあえず、お店の中に入れることにはなったから、中の様子を見て問題ないか判断すればいいだろう。