第88話 特別な魔法
本日の授業が終わり、いつものように放課後の魔法特訓中。ただ、いつもと違うことがあり、今日はアイシス先輩が見学に来てくれている。
「相変わらず励んでいるな。感心なことだ」
「そうですね。二人とも偉いと思います」
リミアとサフィアの特訓の様子を見てそう言ったアイシス先輩に対し、おれも同意を返した。
「今、ラステリースが行っているのは<神聖不死鳥>の発動速度の向上か?」
「はい、やはり上級攻撃魔法だけあって、まだ発動に時間がかかるみたいなので。他には<飛行>の特訓とかもやってますよ」
「そうか……。まだ一年生だというのにそれらの魔法を使えるとは見事な物だな」
確かに、他の一年生では使えても中級攻撃魔法がいいところだろう。サフィアは大した奴だ。
「それと、アトレーヌのほうはこの学院に入学する前は魔法を使う機会がほとんどなかったと聞く。にも拘わらず、すでに<輝閃光矢>を使えるというのは目覚ましい成長速度だな」
確かに、リミアは本格的に魔法を学び始めてから二ヵ月弱で中級攻撃魔法を使えるようになったからな。やはり、天才か。
「だが、そういう観点だと一番すごいのは君ということになるな」
「え、おれですか?」
「ああ、君も一年生なのに上級攻撃魔法を複数、しかも同時に使えるからな」
……そういえば、以前アイシス先輩の前で風魔法しか使えないという設定を忘れてうっかり上級攻撃魔法を使ったことがあったなあ。まあ、あのときのおれはメインヒロイン喪失の危機に動揺していたから仕方がない。
「さらに、君の魔力量は圧倒的に高いからな。真面目な話、君ならば魔法大会で私に勝つ可能性は十分にあると思うよ」
「そこまで言ってくれるとは……。ありがとうございます」
「ただ、そうなった場合に君は大丈夫か? もし、私に勝つようなことがあれば、君はこの魔法学院で相当に目立つことになるぞ」
「……あー、そう言われればそうですね」
そこまで考えてなかったなあ。……まあ、入学早々に異常者呼ばわりされて目立ってるし今更な話か。風魔法しか使わなければ、おれの秘密がバレるわけでもないからそういう意味でも問題はない。それに、目立つってカッコイイからむしろアリだな。
「はい、大丈夫だと思います」
おれがアイシス先輩にそう返事をしたところでサフィアがこちらへとやってきた。
「あ、来てたんですねアイ先輩」
「ああ、少し様子を見させてもらったが、二人とも素晴らしいよ」
「ありがとうございます」
アイシス先輩にお礼を言ったサフィアは水を飲み始めた。どうやら、一旦休憩をするみたいだな。おれがそう思っていると、アイシス先輩が再び声をかけてきた。
「そういえば、特訓を見ていて気になったことが一つあるんだが訊いてもいいか?」
「なんですか?」
「<神聖不死鳥>の魔法術式についてだ。私も試しに一度使ってみようと思うのだが……」
「おお、ホントですか!?」
まさか、アイシス先輩にカッコイイ<神聖不死鳥>を使ってもらえるとはな。これは、一度と言わずガンガン使ってもらおう、と思っていたおれに対してサフィアが慌てた様子で話しかけてきた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「どうした?」
「とりあえず、こっちに来て!」
サフィアはおれの手を取り、アイシス先輩に会話が聞かれないところまで引っ張っていった。
「で、どうしたんだ?」
「……その、<神聖不死鳥>を使えるのって、あなたとあたしの二人だけなのよね?」
「今のところはそうだな。師匠も使う気はないから魔法術式すら教えてないし」
「……それなら、アイ先輩に教えるのはちょっと……」
「なんでだ?」
「……それは……その、…………そう、あなたがよく言うカッコよさ的に良くないんじゃないかしら?」
これは聞き捨てならないことを言われたが、どういうことだ? だが、カッコイイという観点でサフィアに後れを取るわけにはいかないので、すぐに答えを聞くわけにもいかないな。まずは、自分でその理由を考えてみよう。
………………少し考えてみたがこんな感じか。
おれがアイシス先輩に<神聖不死鳥>を教えてガンガン使ってもらう→人気者であるアイシス先輩が使うカッコイイ<神聖不死鳥>を見て他の人達も使いたがる→いずれは<神聖不死鳥>のバーゲンセール状態になる。
……た、確かにこれはマズイ。もし、そんなことになった場合、真の強者のみが使えるという<神聖不死鳥>の設定が破綻してしまう。
「よし、分かった。アイシス先輩には申し訳ないが、<神聖不死鳥>の魔法術式を教えるのはやめることにする」
「ホ、ホントに?」
「ああ、本当だ。この魔法はおれとサフィア、二人だけの特別な魔法にしよう」
「あたし達二人だけの、特別……」
「そうだ、嬉しいだろ?」
「……うん、すごく嬉しい……」
その言葉の通り、サフィアは喜びを噛みしめるように笑顔になっていた。その様は非常に嬉しそうなので、今はそっとしておこう。そう思い、おれはサフィアを残してアイシス先輩の元に戻り声をかける。
「すいません、アイシス先輩。ちょっと事情があって<神聖不死鳥>の魔法術式は教えられないんですが……」
「そうか……。まあ、少々興味があっただけだから別に構わないよ。事情を察せずに訊いてしまってすまなかったな」
「いえ、完全におれの都合なので。改めて、すいません」
そう言った後でサフィアのほうを見ると、<神聖不死鳥>を発動し、神聖なる不死鳥を顕現させていた。そして、まるで大切なペットを愛でるかのように笑顔で不死鳥の頭を撫でており、そのとても可愛らしい様子につい見惚れてしまう。
しかし、あれだな。あの様子や先ほどの<神聖不死鳥>のカッコ良さに関する発言などを見るに、サフィアは随分とあの魔法が気に入ったみたいだなあ。