第87話 答えづらい質問
「この度は、いえ、三度こんなことになってしまい、本当に本当に申し訳ありませんでした!!」
リミアが無事に服を着て男子更衣室を脱出し、とりあえず空いていた訓練場の部屋に入った後で、おれはリミアに土下座をしていた。二度あることは三度あるという言葉があるが、まさか同じ人物に対して三度もあんなことをして土下座をすることになるとは思わなかった。
「……あの、とりあえず顔を上げてもらって大丈夫ですよ」
むしろ、顔が地面に埋まるレベルで土下座をすべき案件だが、慈悲深き光の女神リミア様は優しくそう言ってくれた。このまま土下座を続けていても逆に迷惑だろうし、ここは言われた通りに立ち上がろう。
「……その、本当にごめん。リミアにとってはすごく嫌だったよな?」
「い、いえ、そんなことはないです!」
おれの大変申し訳ないという思いが顔に出ていたのだろう、リミアは慌てながら手を振っておれの言葉を否定してきた。
「いや、気持ちは嬉しいけど気は遣わなくていいからな。素直に怒ってくれていいんだぞ」
「だから、本当に大丈夫です! ……確かに、見られたり……、その……触られたりは恥ずかしかったですけど、別に嫌ではなかったです!」
リミアは再び勢いよくおれの言葉を否定してきたが、きっとこれも気遣いだろう。さすがに、恋人でもない男子に胸を触られて嫌ではないということはないはずだ。とはいえ、このままでは押し問答になってしまうので、お詫びの方向に話をもっていこう。
「まあ、リミアが嫌ではなかったとしても、おれとしてはやっぱりお詫びはしたいからなにかないか? おれにできることならなんでもするけど」
「! な、なんでも……ですか?」
「ああ、なんでもいいぞ」
そう返事をすると、リミアは下を向きおれには聞こえないような小さな声でブツブツと独り言を言い始めた。
「……そういうことなら、わたしはレインさんと恋……、い、いえ、だめです。そういう関係にはなりたいですけど、こういう方法でそうなるのはだめに決まってます」
なにを考えたのかは分からないが、その考えを振り払うかのようにリミアは頭をブンブンと横に振っていた。その後、別の考えが浮かんだのか、それをおれにおずおずと切り出してきた。
「……じゃあ、その、少し質問をしてもいいですか?」
「それくらいはもちろんいいけど、そんなんでいいのか?」
「はい、これでいいです。ただ、少し答えづらい質問だと思うので……」
「いや、別にいいよ。遠慮なく質問してくれ」
「ありがとうございます。……じゃあ、その、……さっきみたいなことがあると、レインさんはやっぱり嬉しいんですか?」
……確かに答えづらいが、意図がよく分からない質問が来たな。とはいえ、お詫びである以上、答えないわけにはいかない。
「……まあ、おれは男子だからやっぱり嬉しいな」
「……嬉しいと思う理由はなんですか?」
「理由か……」
男である以上、ああいうことがあれば本能的に興奮するわけだが、身も蓋もない上にデリケートに欠ける答えな気がするな。嘘はつかず、かつ少しオブラートに包んで答えたほうがいいだろう。
「そうだなあ……。男子はああいうことに対して強い魅力を感じるというか……」
「魅力……ですか」
おれの答えを聞いたリミアは再び下を向き小さな声で独り言を始める。
「……そういうことなら、恥ずかしいですけど機会があればそういう形でレインさんにアピールして……。それで、いずれは……」
少し待っているとリミアの独り言が終わったので、そのタイミングでおれは声をかける。
「それで、他に質問はあるか?」
「い、いえ、もう大丈夫です! ありがとうございました!」
慌ててそう答えるリミアの顔を見ると、頬が赤く染まっていた。下を向いていたときに考えていたことが原因だろうが、いったいなにを考えたんだろう? まあ、気にはなるが詮索するわけにもいかないしな。
「じゃあ、またなにかあれば遠慮なく言ってくれていいから」
「分かりました、ありがとうございます。じゃあ、わたしは改めてシャワーを浴びにいきますね」
そう言って、リミアはまるで逃げるかのように急ぎ足で女子シャワー室へと向かっていった。
またしても問題を起こしてしまったが、丸く収まって良かった。本当に、優しいリミアには感謝している。……いや、変な意味じゃないよ。……いやまあ、変な意味でも感謝はしてるけどさ。