第08話 なんということでしょう
リミアのためのお風呂作りが始まった。
「えっと、作るってどうやって?」
「まあ、ちょっと見ててくれ」
リミアには複数の魔法を使えることを話したんだから、今のおれは特に気にせずに魔法を使える。
というわけで、まずは地面の上に魔力障壁を展開して床を作る。
次に、<氷壁>の魔法で氷の壁をお風呂の形状になるように生成し、そのお風呂を魔力障壁でコーティングする。これで、お風呂につかっても、身体が氷に触れないし、お湯と氷が触れあって冷めたり溶けたりする心配もない。
まあ、魔力障壁だけでお風呂を作ることもできるけど、ここは見栄えを優先してみた。そのために、あえて<土壁>ではなく<氷壁>を使ったしな。
さて、このあとは、お風呂にお湯を張る作業だ。おれは<熱水>の魔法を発動して、先ほど作ったお風呂にお湯を張る。よし、これでお風呂は大丈夫だろう。
で、これだと身体を洗ったりできないから、それに必要な物を作ろう。おれは<土壁>と魔力障壁を先ほどのお風呂作りと同じような方法で使い、風呂桶やお湯汲み場、椅子などを作成した。
さらに、水と風の下級攻撃魔法である<氷柱槍>・<疾風刃>を<氷壁>や魔力障壁と組み合わせて使うことで、今度は氷の寝椅子や氷の木も作成した。
これは、リミアに出来るだけお風呂を楽しんでもらうために作ってみた物だ。
そして、最後に<土壁>の魔法で作成したお風呂一式の四方に囲いを作る。よし、これでお風呂場の完成だな。
さて、完成したお風呂場のビフォーとアフターを説明するとこんな感じだろう。
元々は泉があるだけで、あとは周囲に木しかない殺風景な空間でした。
ところが、おれという匠の手にかかると……。
なんということでしょう。
殺風景な空間がお風呂場へと早変わり。
まず、メインとなるお風呂ですが、こちらは氷で作られているため大変きれいであり、いつまでも入っていたいと思わせる仕上がりです。
しかし、のぼせてしまうため、ずっとお風呂に入っているわけにはいきません。
その対策として作られたのが、こちらの氷の寝椅子。ここに横たわることで、火照った身体をゆっくりと冷ますことができます。
さらに、その寝椅子のすぐそばにある氷の木。その美しさを楽しむとともに、こちらかも冷気が流れてきて身体を冷ましてくれるという、まさに一石二鳥の優れもの。
さらに、長風呂では身体から多くの水分が失われますが、この問題への対策としては、元々あった泉をそのまま利用。こちらで、いくらでも美味しい水を楽しみつつ、水分補給をすることができます。
匠の手により、お風呂・氷の寝椅子・氷の木・泉、この四つが相乗効果を発揮し、泉と木しかない殺風景な空間が、いつまでもお風呂を楽しんでいられる憩いの空間へと生まれ変わりました。
「……とまあ、こんな感じだな」
「……こ、こんな簡単にお風呂が作れるんですね……」
リミアはおれのお風呂作成に目を見張ってそう言った。いや、ホントに魔法ってすごいよね。おれの魔力は万能です、とはさすがに言えないけど、これくらいは簡単にできる。
なんなら、おれが師匠と暮らしていた家の近くには、おれ作成の露天風呂とかあるからね。
「じゃあ、おれは外に出てるから、リミアはお風呂に入ってくれ。別に時間のほうは気にしなくていいからごゆっくりどうぞ」
「あ、はい、ありがとうございます」
おれは<飛行>の魔法で先ほど作った土の壁を飛び越えて外へ出た。
これで、少しはリミアへの罪滅ぼしになるだろう。それと、これ以外にもなにかおれにできることがあればしてあげよう。
さて、リミアがお風呂に入ってから一時間くらいは経っただろうか。まあ、女の子で、しかも数日ぶりのお風呂、さらに工夫をして作ったことも踏まえれば、これくらい時間がかかるのは当然だろう。
あまり時間がかかりすぎると、お風呂の中でのぼせてないか心配になるが、リミアの気持ちよさそうな鼻歌が聞こえてきているので大丈夫だろう。お風呂を満喫してくれているようでなによりだ。
そして、そんなリミアの鼻歌が聞こえなくなってから数分が経過した。そろそろお風呂から上がったのかなと思っていると、ちょうど囲いの中からリミアの声がした。
「レインさん、これって外に出るときはどうしたらいいんですか?」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
おれは吸収魔法で囲いの一部だけ吸収して出入り口を作る。
吸収魔法の存在を知らないリミアならこの光景を見ても、自分の魔法で作った物ならその一部を消すこともできる、程度にしか思わないし問題ないだろう。
あ、そういえば、吸収魔法って元々この世界には無かった魔法だから<疾風刃>みたいな名前が付いてないんだよな。まあ、この魔法は隠さないといけない以上、カッコよく名前を叫ぶ機会もないし、そのうち考えればいいだろう。
さて、そんな吸収魔法で作成した出入り口からリミアが顔を出す。
「ありがとうございました。お風呂、とっても気持ち良かったです!」
「それは良かった」
リミアはその言葉の通り、とても嬉しそうに微笑んでいた。うんうん、リミアの役に立てて本当に良かった。
「それじゃあ、今度はレインさんがお風呂へどうぞ」
「え、おれ?」
「はい。せっかくですし、レインさんもお風呂に入ったほうがいいんじゃないですか?」
確かにリミアの言う通りだな。
これはリミアの純粋な親切心からくる気遣いだろう。まさか、リミアが内心では「レインさんが臭いからお風呂に入って欲しい」とか思ってたりしないよね? もし、そうだったらおれは泣いちゃうよ。
「じゃあ、おれもお風呂に入ってくるから、リミアはあの辺りで待っててくれ」
「はい、分かりました。レインさんもごゆっくりどうぞ」
リミアはそう言ったあと、おれが指し示した場所へと移動した。さすがに、この出入り口付近にリミアがいるのは気まずいからな。
まあ、この出入り口は塞ごうと思えば塞げるが、リミアが中を覗くとは思えないし、このままでいいだろう。
というわけで、おれは囲いの中へと入り、まず服を脱ぎます。次に、身体をきれいに洗ってお風呂へと向かった。
そして、おれはそこでとある重大な事実に気付いた。
……このお風呂って美少女であるリミアが入ったあとのお湯なんだよな。
言わば、聖水ではなく聖湯といえる物が今おれの目の前に存在している。
この聖湯は男が十人いれば、間違いなく十人中十人、いや百人が買いたがる代物であり、ただのお湯が聖湯に変わるのはまさに錬金術と言える所業だろう。
せっかくだから、ごくごく民として風呂に入る前に少しこの聖湯をごくごくしてもいいだろうか?
……ハッ、いかん、さっきからおれはなにを考えているんだ。いや、おれも健全な男子だから、ついそういうことを考えてしまうし、内心の自由は当然の権利だ。
とはいえ、先ほどリミアとはあんなことがあったばかりだし、今くらいは自重すべきだろう。
そう思い直し、おれは無心でお風呂につかった。そしてその結果、聖湯は一瞬で屑湯に変わった。
*****
「リミア、待たせたな」
「いえ、全然平気ですよ」
お風呂から上がったおれが声をかけると、リミアはおれのほうまで歩いてきた。その近づいてきたリミアの姿を見て、おれはあることに気付いた。
「それ、髪が濡れたままだよな?」
「はい、そうですね。ここだと、乾かす方法がないので」
うーむ、確か髪の自然乾燥はよくないはずだ。それなら……、
「もし良かったらおれが乾かそうか?」
「あ、やっぱりそういう魔法も使えるんですか?」
先ほど、お風呂を作ったおれの姿を見ていたせいか、リミアもおれならそれくらいはできると予想していたようだ。
「ああ、使えるぞ。ただ、その場合はおれがリミアの髪を触ることになるけど大丈夫か?」
「……はい、大丈夫です。では、お願いします」
リミアはおれの問いに少しだけ考えたあとそう答え、くるっと回っておれに背を向けた。
どうやら、ここ数日の旅で優しくしたり魔物から守ったおかげで、髪に触ることを許される程度には心を許してもらえたみたいだ。
いやまあ、女の子が男に髪を触られるのは嫌だろうとおれが勝手に思ってるだけで、実際はリミア的には大したことじゃないのかもしれないけどな。
まあ、分からないことを考えていても仕方ないし、さっさとリミアの髪を乾かしてあげよう。
おれは<熱風>の魔法を発動して右手をドライヤー代わりにし、左手でリミアの髪を動かして乾かしていく。
……話には聞いたことがあるが、やはり長髪の女の子の髪を乾かすのには時間がかかるな。髪を乾かし始めてからおよそ十分くらいが経過して、髪の感触的に良さそうな状態になってきた。
おれは一旦魔法を解除してリミアの髪の感触を全体的に確かめていく。……うん、特に濡れているところもないし、これで大丈夫そうだな。
……しかし、あれだな。こうして、乾かした状態の髪に触れていて分かったが、リミアの髪ってすごいサラサラで手触りがいいな。もうしばらくの間、触っていたくなってしまう。
「……あの、もう大丈夫そうですか?」
「え? あ、ああ、そうだな。大丈夫だと思うけど自分でも確かめてみてくれ」
いかいいかん、リミアに声をかけられなかったら、あと数分は髪を触ってしまっていた気がする。
「大丈夫そうですね。レインさん、ありがとうございました」
髪の乾き具合を確認し、問題ないと判断したリミアがそう言った。
うん、またひとつリミアの役に立てて良かった。
おれは自分で作ったお風呂などをすべて吸収魔法で吸収し、その場を元の状態に戻した。魔法で物を作り、ゴミなどを一切残さない。もしかして魔法は、自然に優しいクリーンエネルギーなのではないだろうか?
そんなことを考えながら、おれ達は王都への旅を再開した。
8話を読んでいただきありがとうございました。
これからも本作をよろしくお願いします。
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