第76話 練度の違い
「どういうことですの……? 貴方はたしかに死んだはずですわ……。そう、そこに貴方の死体が……ない……?」
おれが生きていたことに驚いた長髪女はそんな疑問を口にしながら、先ほどまでおれが倒れていた場所に視線を向けた。そこには、おれの死体はもちろんのこと、血の一滴すら存在していない。
まあ、せっかくだから倒す前に答えくらいは教えてやるか。当然、カッコよくな。
「フッ、教えてやろう。おれはお前の放った<氷柱槍>が命中する直前にある魔法を発動していた。その魔法とは<変身>だ」
「<変身>……? そんな魔法でどうやって攻撃を……? ………………はっ、まさか!」
「どうやら、気付いたようだな。そう、<変身>には自分の身体を縮小させる効果もある。おれはその効果を利用して自分の身体を小さくしつつ、自分自身の姿に変身したんだ。つまり、お前の<氷柱槍>がおれの心臓を貫いたとき、本物のおれはここにいたんだよ」
そう言って、おれは自分の腹の辺りを指し示した。
「まさか、<変身>にそんな使い方が……。い、いえ、やはりおかしいですわ。私は貴方が倒れた後も魔眼で観察していたのですから、それが<変身>で生成した魔力体なら見抜けるはずです。それに、魔力体を貫いても血が流れるはずがありませんわ」
「そいつは練度の違いだな。おれの<変身>を見抜ける魔眼の使い手なんてそうはいない。さらに、変身時は頭のてっぺんからつま先、果ては五臓六腑に至るまで完璧に再現している。ゆえに、魔力体でも心臓が存在するし、血もちゃんと流れるんだよ」
「そ、そんなことがありえるはずが……」
「あるんだよ。なんたって、おれのこの魔法を授けてくれた師匠は、<変身>を極めに極めた世界で最高の<変身>使いだからな!」
自分で言っていて改めて思うが、本当に師匠の<変身>の性能は異常に高いな。さらに、師匠が使うとその発動速度も圧倒的であり、まさに最高にして最速の魔法だ。そのおかげでこの策を閃き、無事にサフィアを助けることが出来た。本当にありがとう、師匠。
その後、おれの説明を聞いていた長髪女はしばしの間黙っていたが、なにかを思いついたように唐突に笑い出した。
「ふっ、ふふふ、ふふふふふっ。そうか。そういうことでしたのね……」
「なんの話だ?」
「貴方がお兄様を倒せた理由ですわ。よく考えれば、お兄様が貴方のような学生ごときに負けるなんておかしいですもの。つまり、貴方はその<変身>でお兄様の部下にでも変身し、不意打ちをしたのでしょう。それほどの性能ならば、お兄様でも見抜くのは困難ですし」
「そいつは誤解だな。おれは小細工などせず正々堂々とあいつを倒したぞ。なんなら、死なないように手加減までしてやったくらいだ」
「お黙りなさい! もはや、貴方の言うことに聞く耳など持ちませんわ!」
そう言って、長髪女は魔力を高め、右手で魔法陣を描き始めた。なるほど。さっきの発言から察するに、おれは<変身>以外は大したことがないから、人質などいなくても普通に勝てると勘違いしてしまったんだろうな。
さて、あの長髪女が発動したのは<灼熱火炎弾>か。どうやら、魔力出力を最大にしたようで、その大きさも威力もかなりのものだな。
そして、長髪女は余裕の笑みを浮かべながら口を開いた。
「貴方にこの<灼熱火炎弾>を防ぐすべなどないでしょう。想定外の事態になりましたが、私の手で貴方の命を奪うという結末に変更はありませんわ」
「フッ、舐められたものだ。まさか、おれがその程度の<灼熱火炎弾>で倒せると思われるとはな」
「なにを馬鹿な強がりを……」
「そう思うならば見せてやろう。力の違いというやつを」
その差を見せつけるためにおれはあえて<神聖不死鳥>ではなく、<灼熱火炎弾>を発動する。相手が死なないように威力は抑えたが、大きさは最大でだ。
「……な、なんですの、この<灼熱火炎弾>は……。わ、私の<灼熱火炎弾>の十倍以上……!?」
「理解できたようだな」
「黙りなさい! こんなことがあるはずがありませんわーーー!!」
おれとの力量差を見せつけられてやけになったのか、長髪女は<灼熱火炎弾>を放ってきた。当然、おれも自分の<灼熱火炎弾>で相手のそれを迎え撃つ。
「<極大灼熱火炎弾>!」
おれの放った極大火球は相手の放った大火球も本人もその周囲も覆いつくし、その全てを圧倒的な大火力で焼き払った。