第74話 最善策
おれの生殺与奪の権は今、長髪女に握られていた。
かといって、このまま黙って殺されるのはごめんだ。ならば、どうすればいい? ……とりあえず、時間を稼がないといけない。
「……おれがこのまま黙って殺されれば、サフィアは解放してくれるのか?」
「ええ、構いませんわ。この娘の命には興味がありませんもの」
そう言ってるが、実際はどうなるか分かったものではない。だから、今はこの状況をどうにかする手段を考えるべきだ。おれは、本当にサフィアを助けてくれるのかを確認する話をしながら、思考を加速させる。
まず、前提として人質は生きているからこそ効果がある。ゆえに、あの長髪女はそう簡単にサフィアに手を出したりはしないはずだ。
ならば、おれが最速であの長髪女に攻撃魔法を放てばどうなる? それで、あの長髪女を一撃で倒せる可能性はあるが、絶対という保証はない。それに、おれの魔法をくらった長髪女が、そのはずみで魔法を暴発させればサフィアの命も危ない。
……そうだ、王都に旅立つ日に師匠に使うなと言われたあの魔法を使えばいけるんじゃないか? あの魔法なら長髪女の不意を突くことが出来るし、その隙にサフィアを助けられるだろう。だが、やはり長髪女が魔法を暴発させるリスクがないとは言えない。なら、この方法は次善策だな。
それなら、最善策はいったいなんだ? 最善ということはつまり、最高の魔法か、または最速の魔法だ。おれが持ちうる魔法の中で最高か最速の魔法。………………そうだ、もしかして、あれならいけるんじゃないか!
………………よし、今考えた方法ならいける。きっと、相手を油断させ大きな隙を作ることが可能なはずだ。ただ、そのためには魔法の発動タイミングがシビアになるな。正直、命がけになるがおれになら出来る、やってやる。
「さて、お話はそろそろいいでしょうか?」
おれがなんとか最善策を思いついたところで、どうやら長髪女も痺れを切らしたようだ。
「ああ、分かった。お前がちゃんとサフィアを無事に解放してくれるって信用するよ。だから、一思いにやってくれ」
「良い心がけですわね」
長髪女は右手を前に突き出して魔法を発動した。あれは<氷柱槍>か。確かに、おれが防御を一切しないのであれば、使うのは下級攻撃魔法で充分だろう。
むしろ、上級攻撃魔法だとその大きさで命中前におれの姿が長髪女から見えなくなってしまう。その死角をついておれがなにかしらの魔法を発動する可能性を考えれば、ここは下級魔法を使うのが正解ということか。
「せめてもの情けです。一撃で楽にしてあげますわ」
長髪女は<氷柱槍>の照準をおれの心臓に合わせた。そして、それを見たサフィアが涙を浮かべながら口を開く。
「……嫌。そんなの嫌よ……」
「泣くなよ、サフィア。お前はおれのことをよく知ってるだろ」
「……! それはそうだけど……。でも……」
『おれは最強だから大丈夫。なんとかする』という意味を込めて言った言葉の意味はどうやらサフィアに伝わったようだ。だが、残念ながらその不安と恐怖を消すには至らないらしい。まあ、この状況ではそれは仕方ないか。
「ほら、いつでもいいぞ。もう、覚悟は出来てる」
「そうですか。それではいきますわ」
来るか。チャンスは一瞬、あの氷の槍がおれの心臓に突き刺さる直前にあの魔法を発動する。大丈夫だ、おれになら出来る。なんたって、おれはあの師匠の弟子だからな。
そうやって、自分を鼓舞した後、おれは長髪女の発動した<氷柱槍>を見据える。
「では、ごきげんよう。<氷柱槍>」
長髪女の放った氷の槍がおれの心臓を目掛けて高速で飛んでくる。……まだだ、もう少し。……今だ!
おれと長髪女の命がけの戦い、その結果は――。
長髪女の放った氷の槍がおれの心臓を貫き、身体が後ろに飛んでそのまま地面に倒れこんだ。