第72話 復讐
サフィアのすぐ近くにお淑やかな見た目で長髪の女が立っている。この長髪女が今回の事件の主犯と見て間違いないだろう。そして、その長髪女がおれのほうを見て口を開いた。
「貴方がお兄様を倒した男ですわね?」
「……お兄様って言うのは、以前リミアを誘拐した主犯の男のことか?」
「ええ、そうですわ」
「それなら、倒したのはおれだ」
お兄様ということはあの誘拐犯の妹なのか? それとも、ただそういう呼び方をしているだけか? まあ、そこは特に重要じゃないからどうでもいいことだな。
「そうですか。では、私が光魔法の使い手だけでなく、貴方までここに呼びよせた理由はお分かりになりまして?」
「…………おそらくだが、復讐か?」
「正解ですわ。お兄様を冷たい牢獄へと送り込んだ貴方を見過ごすなんて私には出来ませんもの。ただ、お兄様を倒すほどの実力者が相手では私に勝ち目はありません。そこで、この娘ですわ」
そう言って、長髪女はサフィアを指し示した。なるほど、つまりは人質ということか。確かに、サフィアの命を盾にされては、おれはこの長髪女に対し手も足も出せない。現状、出せるのは口くらいだろう。
「少しだけサフィアと話をしてもいいか?」
「……まあ、少しくらいなら構いませんわ」
「じゃあ、ありがたく。サフィア、大丈夫か? 怪我は?」
「……ええ、平気よ。それより、こんなことになっちゃってごめんなさい……」
「気にするな。お前が悪いわけじゃない」
本当なら、「おれが助けてやるから安心しろ」とでも言いたいところだが、この長髪女が警戒するような発言は避けたほうがいいだろう。で、気になるのはサフィアが付けている手錠だな。あれは、たぶん……。
「魔力行使を封じる魔道具か、その手錠は?」
「ええ、そうよ。本当にごめんなさい……」
サフィアは顔を俯かせながらそう言った。やはりそうか。そうなると、サフィアは魔力障壁を展開したり、魔力を纏って魔法を防御するといったことも出来ない。これは非常にマズイ状況だな。
おれがそう考えていると、その状況を作り出した長髪女がサフィアの頭に左手を向けながら話し始める。
「お喋りはそれくらいでよろしいでしょう。では、貴方が抵抗すればこの娘がどうなるかは理解出来ましたわね?」
「……ああ、分かった」
魔力による防御を一切行えない以上、仮に下級魔法でも今のサフィアの命を奪うのはそう難しくはないからな。そして、蘇生魔法なんて物がない以上、この世界でも人は死んだら終わりだ。ゆえに、強行突破というわけにもいかない。
「……それで、復讐ってことだが具体的にお前はおれをどうしたいんだ?」
「簡単なことですわ。この私の手で貴方の命を奪う。ただ、それだけですわ」
「………………まあ、そうだよな」
命の危機に瀕して、思わず身体が震えるのを感じた。先ほどのサフィアの話と同様、さすがのおれでも無抵抗ならば簡単に死んでしまうだろう。そして、そんなおれの状況に対してサフィアが声を荒げた。
「そんなっ!! ダメよ、そんなのっ!!」
「貴方は黙っていなさい。さもないと、どうなるか分かりますわね」
「ひっ!」
長髪女が左手に魔力を込め、それに気づいたサフィアの身体がビクリと跳ね震え出した。……無理もないな。リミアの誘拐事件での戦闘とは違い、今回は一瞬で命を失いかねない。
そのとき、上の階で魔法を発動する気配がした。その後、長髪女がなにやら独り言を言い始める。
「まったく、あの光魔法の娘には手を出すなと言ったのに……。まあ、あの子は強敵と戦いたがる悪い癖があるから仕方ありませんわね。さすがに、殺しはしないでしょうし……」
独り言だから声が小さく、なにを言ってるかはおれには聞こえなかった。それに、今のおれは抵抗の意思を示さないように魔力を一切使っていない。つまり、魔力感知すら発動していないので上の階の状況が分からない。
だが、リミアは盟約の指輪を付けているし、いざってときにはそれでおれに合図を送るように伝えてある。とりあえずは心配ないだろう。
だから、今はこっちの状況に集中するべきだな。前にダンジョンに行ったとき、サフィアの身に危険が迫るようなことがあれば命がけで助けると誓ったが、まさに今がそのときだ。
この状況、絶対になんとかしてみせる。