第69話 好みの問題
おれ達が演劇の会場内に入って席に着き、しばし経った後でお待ちかねの演劇が始まった。
『カナン。いつもお弁当を作ってくれてありがとう』
『ううん、別にいいよ。私が好きでやってるだけだし。……あっ、好きっていうのは料理のことだからね!』
『ああ、分かってるよ』
『……分かってないよ、ティールは……』
そういえば、どういう内容かを事前に聞いていなかったが、見ている限りではラブロマンス系のようだ。そして、おれをこの演劇に誘ったサフィアはというと、それをとても楽しそうに見ていた。どうやら、この手の作品が好きなようだ。
『ティールっていつも魔法の特訓を頑張ってるよね』
『この国はいつ戦争が起きるか分からないからね。だから、少しでも強くならないといけないんだ』
どうやら、この演劇の世界では戦争が起きそうであり、ティールは国を守るための騎士らしい。そして、カナンはティールの幼馴染で良いところのお嬢様のようだ。
『とうとう戦争が始まっちゃったのね……』
『残念だけど、そうだね……。でも、安心してくれ。カナンのことは俺が絶対に守るから』
『……私は私のことより、ティールのことが心配よ。ねえ、ティール。お願いだから、死なないでね……』
『カナン……。ああ、俺は絶対に死なないよ。約束する!』
戦争が始まってしまったが、不幸中の幸いと言うべきか二人は良い雰囲気になっている。そして、サフィアはというと、そのシーンを食い入るように見ていた。……おれとサフィアもそのうちこんな感じで良い雰囲気になったりしないかなあ。
『貴様っ! カナンを放せっ!』
『放してやってもいいぞ。その代わりに、お前が命を差し出すならな』
『……くっ、分かっ――』
『ティール! そんなの駄目よ! 死なないって約束したでしょ!』
ティール達の国は敵国兵に侵入され、戦闘が始まってしまった。そして、その戦闘中、ティールに勝てないと判断した敵は卑怯なことに、こっそり戦闘を見守っていたカナンを人質にした。ティール、がんばえー!
『助けてくれて本当にありがとう、ティール』
『当たり前のことをしただけだよ。それより、君に話したいことがあるんだ、カナン』
『なに?』
『実は――』
あの後、ティールは命がけでカナンを助け出し、自身の中にある彼女への想いに気付く。そして、その想いをハッキリと伝え、二人は無事に結ばれる。それからしばらくして、戦争も終わり物語はハッピーエンドとなった。
*****
演劇の鑑賞を終えたおれ達は近くにあったカフェに入った。そして、そこでジュースを飲みながら鑑賞後の感想を話している。主に、サフィアが。
「今日の演劇は本当に最高だったわね! あたし、感動しちゃったわ!」
「なるほど」
「ああいうのって女の子の憧れよね! 特に、ティールが人質にされちゃったカナンを命がけで助けるところとか!」
「すごいな」
「あ、いけない。あたしったらはしゃぎすぎね。これだと、他のお客さんに迷惑よね」
「悪いのは君じゃない」
サフィアの感想を聞き始めてかれこれ二時間にはなるだろう。デートが楽しみで昨日はよく寝れなかったおれは、寝不足からの疲労もあって頭をスリープ状態に切り替え、『なるほど』・『すごいな』・『悪いのは君じゃない』のスリーワードで会話をしていた。
おれとしてはサフィアのように可愛い女の子の話はしっかりと聞いてあげたいのだが、さすがに話が長い。そして、現在のおれにはその長話に付き合えるほどの能力や経験がなかったようだ。
だが、そろそろ話も終わりになりそうだし、ここからは真面目に聞くことにしよう。
「あとは、最後のプロポーズのシーンよね。ティールの台詞がすごく良かったわ」
「そんなに良い台詞だったか? 確か……、『カナン、お前のことが大好きだ。俺と結婚してくれ』だったよな。なんか、シンプルすぎないか?」
「分かってないわね、レインは。そのシンプルでストレートなところが良いんじゃない」
サフィアは腕を組んで目をつむり、一人で納得するかのようにうんうんとうなずいていた。おれが分かっていないのではなく、単に好みの問題だと思うけどな。
「それと、他にはね――」
おれの予想に反してその後もサフィアの話は続き、俺達がカフェを出たのはそれから一時間後だった。