第68話 初々しい
おれとサフィアの初デートの初行先である演劇の劇場へと到着した。
「へえ、けっこう広いんだな」
「王都にある劇場だから当然よ。もしかして、来たことないの?」
「ないな。というか、こういうちゃんとした場所で演劇を見るのは、たぶん生まれて初めてだ」
「そういえば、あなたは少し前までは魔の森で暮らしていたんだったわね」
おれが言ったのは前世を含めての話だったのだが、当然そんなことを知らないサフィアはそう返してきた。実際、演劇は学校の出し物とかでしか見たことないと思う。だって、前世では三次元より二次元に生きていたからね、おれは。
「ほら、受付はこっちよ」
右も左も分からないおれはサフィアの案内に従い、受付と思われる場所まで付いていく。そして、勝手知ったるサフィアが受付にいたお姉さんにペアチケットを差し出した。
「これで、二人分お願いします」
「かしこまりました。…………すみません、お客様に確認したいことがございますがよろしいでしょうか?」
「えっ、なにか問題とかありました?」
「こちらのペアチケットは男女の恋人専用なのですが――」
「そ、そうなんですか!?」
「そうでございます。それで、お客様とお連れ様はそういったご関係でしょうか? 見たところ、手も繋いでいないようですが……」
どうやら、サフィアはペアチケットの内容をちゃんと確認していなかったようだ。そして、予想外の展開に固まってしまったサフィアを、受付のお姉さんは訝しげな目で見始めた。……とりあえず、いったんこの場を離れたほうがよさそうだな。
「すいません、少し失礼しますね。サフィア、ちょっとこっちに来い」
「えっ、う、うん」
おれはサフィアの手を取って受付のお姉さんから距離を取った。よし、この辺りまで来ればおれ達の会話は聞こえないだろう。あとは、この問題をどうするかである。
「で、どうする?」
「どうするってどうしたらいいのよ?」
「……まあ、選択肢は二つだな。正直に事情を話して普通のチケットを買うか、あるいは恋人のフリをしてペアチケットを使うかだ。どっちがいい?」
「……それは出来れば、ペアチケットのほうがいいけど。なるべく、お金は節約したいし……」
なるほど。確かにサフィアも平民な上に学生、さらに女の子なら男であるおれ以上にお金は大切だろう。例えば、おしゃれとかね。それ以外だと、女の子の生態に詳しくないのであまり思いつかない。
まあ、それはいいとして、どうやって恋人のフリをするかだ。……もうアレじゃない。いっそ、この場で恋人になれば解決じゃない、これ? だが、そんなわけにはいかないので、上手くごまかすしかない。
「恋人のフリをするのはいいが、たぶん『おれ達は恋人です』って言うだけじゃ通じないぞ。すでに、怪しまれてるしな」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「そうだなあ……。相手の出方しだいだが、……くらいはする覚悟は必要だと思うぞ」
「…………そ、それくらいなら、……いいけど」
女の子であるサフィアはおれの提案を嫌がるかもと思ったが、大丈夫らしい。まあ、すでにサフィアとは一度したことはあるしな。いや、よく考えたらリミアともしたことがあったな。
「じゃあ、行くぞ」
「ええ」
話がまとまったところで、おれ達は受付のお姉さんのところへ戻り声をかけた。
「あの、一応おれ達は恋人ですよ。手を繋いでなかったのは人前で恥ずかしかったからで……」
「それなら、初々しい恋人同士ということで素敵なのですが、本当でしょうか?」
やはり、この程度の言い訳では通らないようだ。そこで、おれがサフィアに目配せをすると、彼女はコクリとうなずいた。先ほどの言葉通り、覚悟は出来ているようだ。
「……じゃあ、これでどうですか?」
おれはサフィアの目の前に立ち、その背中に手を回して彼女を抱きしめる。そのせいで、サフィアの身体はビクッと震えたが、そのあとサフィアもおれの背中に手を回してきた。
前も思ったけど、こうしてるとサフィアの身体の柔らかさやいい匂いのせいで落ち着かない。それと、心臓の鼓動の音がやたらと聞こえてくる気がするし、これがサフィアにバレたらどうしよう? 気付かれる前にこの体勢を終わりにしないといけない。
……もう、一分くらいは経ったし離れてもいいよな。そう思い、おれはサフィアから距離を取って受付のお姉さんに声をかける。
「これで、分かってもらえましたか?」
「はい、大丈夫です。それにしても、彼女さんは特に初々しいですね。ごちそうさまでした」
おい、ごちそうさまってなんだよ? もしかして、この人は恋人同士のノロケとかそういうのを見たくてああいう態度を取ってたんじゃないだろうな? まあ、無事にこの場はごまかせたしいいだろう。
そう思い、おれがサフィアの顔を見ると、彼女は顔を真っ赤にしながらぽーっとしていた。
「おい、大丈夫か?」
「……えっ、あ、うん、大丈夫よ……」
「なら、いいけど。じゃあ、行くぞ」
「きゃっ! な、なんで手を繋ぐのよ!」
「だって、こうしないとまた怪しまれるかもしれないし」
「た、確かにそうね……」
こうして、おれ達はまるで恋人のように手を繋ぎながら受付を後にした。