第66話 SさんとMさん
おれの部屋で三人の美少女が猫と戯れた日の夜。
「ねえねえ、ミア。レインの部屋にいた猫だけどすごい可愛かったわよね?」
「はい、とっても可愛かったです」
「そうよね。あの猫ってレインが飼っているのかしら?」
「え? あれはレインさんが<変身>で変身した猫ですよ」
「………………え?」
「……あ、あの、サフィアさん。どうかしたんですか? なんだか、顔がとても怖いですけど……」
「……あたし、ちょっと急用を思い出したわ」
おそらく、女子寮にてそんな会話でもあったのだろう。自室にいたおれは外から強い殺気が迫ってくるのを感じた。このままでは、窓を突き破られると思ったおれは窓を全開にして、その殺気を放つサフィアを美しい本気の土下座で迎え撃った。
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「この度は、本当に申し訳ありませんでした」
「あら、土下座なんて初めてされたけど、なかなか良い光景ね。このまま、頭を踏みつぶしてあげようかしら」
おっと、やっぱりサフィアはSですね。そして、それも悪くないと思ってしまったおれはやはりMさんのようだ。
「そういうことなら、是非とも踏んで……じゃなかった。おれは一切抵抗しないから煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「へえ……、どうやら覚悟は出来てるようね」
「ああ。本当にごめんな」
おれは土下座の状態なので見えないが、サフィアが歩きだしたのを感じる。だが、おれの頭が踏まれるということもなく、ギシッと音がした。その音と方向から察するに、サフィアはおれのベッドに座ったようだ。
その後、「はあ……」とため息をついたサフィアが口を開いた。
「ちゃんと反省はしているみたいだし、今回だけは特別に許してあげるわよ」
「えっ、マジで!?」
「……もう気にしてないっていったら嘘になるけど、気にしないようにはしてあげるわ。だから、突っ伏してないで座りなさいよ、レイン」
そう言って、サフィアは自分が座っている隣の辺りをポンポンと叩いた。どうやら、本当に許してくれているようだ。そう判断したおれは、その言葉通りにサフィアの隣に座った。
「そうやられると、入学試験のことを思い出すな」
「そうね。あたしはあのときもあなたにお世話になったのよね」
「……もしかして、それが許してくれた理由なのか?」
「ええ、そうよ。あなたには何度も助けてもらったりしてるのに、こういうときだけ一方的に怒るのはずるい気がしたのよ」
そう言って、サフィアは顔を下に向けた。その後、まるで大切な思い出でも数えるかのように指を折りながら語り始める。
「最初は入学試験でアドバイス、次にミアの誘拐事件で迷惑をかけたし、この間のダンジョンでも助けてもらった。それに、魔法の特訓にも協力してもらってる。……なんだか、こうして振り返ってみるとあなたにはすごくお世話になっているのよね」
話していくうちにサフィアがだんだんしおらしくなっていった。おれとしては別に迷惑とかお世話とか気にしなくていいのだが、サフィアとしてはそのことを申し訳なく思っているようだ。
「別にそんなことは気にしなくていいぞ。おれ達は友達なんだし、これくらいは当然だ」
「でも……」
「いや、実際に今回のおれはかなりひどいことをしちゃったからな」
「……まあ、それはそうね。見られたのが下着姿だからまだ良かったわ」
確かに、もし見たのが裸だったりしたら本当に大変なことになっていたかもしれない。とはいえ、下着だったからセーフかというと、そうでもないだろう。サフィアは許してくれるとは言っていたが、やはりなにかお詫びはするべきだな。
「なあ、サフィア。やっぱり、なにかしらお詫びはするよ」
「え? いいわよ、別に」
「まあ、そう言わずにさ。おれに出来ることだったらなんでもするぞ」
「な、なんでも!?」
サフィアが驚きと期待を混ぜたような表情を浮かべながらこちらを見た。
「さっき言ったようにおれの出来る範囲でだけどな」
「……ふーん、そう。出来る範囲ならなんでもね……」
おれの言葉を確認し、サフィアはしばし考えだした。そして、少しの逡巡を見せたあと、頬を赤く染めながらおれのほうを見て、意を決したように言葉を発した。
「……じゃあ、付き合ってくれない?」