第59話 とあるファンクラブ①
とある日の放課後、おれはブリッド先輩に声をかけられた。
「庶務殿! 良ければ、これから良いところにいかないか?」
「良いところ……ですか?」
「ああ、男なら誰でも行きたがる良いところだ!」
「な……!」
『男なら誰でも行きたがる』というその言葉におれは衝撃を受けた。それは、いわゆる大人のお店的なやつではないだろうか? 美少女が大好きなおれとしては正直興味はあるが……。
「大丈夫なんですか? そういう場所って学生は行けないんじゃ?」
「いや、そんなことはないぞ! オレ達がこれから行く場所は男なら問題ない!」
ということはつまり、そこまで大人的な場所では無いということか。もしくは、日本とこの世界では法律が違うので、それが理由かもしれない。まあ、行けば分かるだろう。
「じゃあ、せっかくなのでお願いします」
「うむ! では、行くぞ!」
こうして、おれは良いところとやらへの期待を高めながらブリッド先輩の後に続いた。
*****
「ああ……、今日もアイシス様は美しかったなあ……」
「まったくだ。さすがは、氷の姫君だよ」
「俺達はアイシス様と一緒の魔法学院に入れて幸せだよなあ」
おれがブリッド先輩に連れられて行った場所には美少女は一人もおらず、その代わりにいるのはアイシス先輩を褒め称える男性達だった。
「あの、ブリッド先輩。ここは?」
「見ての通り、ここは会長殿を慕う者達の集まり! つまり、アイシス様ファンクラブだ!」
アイシス先輩のファンクラブなんて物があったのか……。だが確かに、アイシス先輩が多くの生徒から慕われているという話から考えると、むしろあるのが当然ではあるな。
それに、目の前に広がる光景を踏まえると、『男なら誰でも行きたがる』というブリッド先輩の言葉も間違ってはいないな。だって、壁とかにアイシス先輩の写真が貼られていて、それに見惚れている人達とかもたくさんいるし。
「でもこれ、大丈夫なんですか? 特に、写真とかアイシス先輩に知られたら問題になりません?」
「それに関しては問題はない! なぜなら、会長殿に許可は取ってあるからな!」
「えっ、そうなんですか!?」
「うむ、オレ達生徒会のメンバーがお願いしたら会長殿はちゃんと了承してくれたぞ!」
それって、アイシス先輩が優しいから了承してくれただけではないだろうか? まあ、言われてみれば、写真は隠し撮りとかではなく、本人に許可を得て撮ったと思える写真しかないな。
もし、アイシス先輩の隠し撮り写真なんて物があれば、もちろんおれが独占……、ではなくアイシス先輩のために回収しおれが厳重に保管するところだが、そんなことにはならなそうだ。
しかし、人気者というのも大変だよなあ、と目の前の光景を見て思う。……あれでも、よく考えたら一つ疑問点があるな。
「アイシス先輩は女性人気も高いのに、なんでここには男しかいないんですか?」
「それは女性用のファンクラブが別にあるからだ! ちなみに、男性専用ファンクラブに所属する者は『姫君の従者』、女性専用ファンクラブに所属する者は『騎士様の配下』と呼ばれているぞ!」
そういえば、アイシス先輩の二つある二つ名の二つ目は『氷の騎士様』だったな。二つなのに二つが三つ並ぶとは、これいかに?
そんなダジャレみたいなことを考えてしまったおれに対し、ブリッド先輩がファンクラブの説明を続ける。
「その女性専用ファンクラブの会長は副会長殿が務めている! そして、こちらの男性専用ファンクラブの会長はこのオレだ!」
自分をグッと立てた親指で指しながら、ブリッド先輩がそう言った。確かに、その役割にはその二人が適任だろうな。
というか、最初にファンクラブを作ろうとか言い出したのは、たぶんシェーナ先輩なのでは? 生徒会のメンバーの中でもあの人が一番、アイシス先輩のことを好きそうだしなあ。
まあ、それは置いといて、ファンクラブについて気になっていたことを思い出したから訊いてみるか。
「ファンクラブと言えば、ルミル先生のファンクラブってあったりしますか?」
「うむ、それならあるぞ!」
「あ、やっぱりあるんですね」
「ついでに言うと、少し前に新しいファンクラブが二つ出来たそうだ! なにやら、今年の新入生に二人ほど、会長殿に負けず劣らずの美しさを持った女性がいるようでな!」
……それたぶん、二人ともおれがよく知っている女性だよなあ。ルミル先生のファンクラブはもちろんのこと、その二つも探してみよう。
さて、訊きたいことはもう無いし、せっかくなのでおれもアイシス先輩の写真を拝ませてもらおう。そう思い、おれは写真を見て回る。こうして見ていると、どの写真もアイシス先輩の表情がやや硬かったり、頬が少し赤くなっているな。
まあ、これが仮に「魔法学院のパンフレットを作るのでそのための写真を撮らせてください」とかなら仕事として捉えて真面目な顔も出来るだろうが、「自分を慕う者達のために写真を撮らせてください」だと、やっぱり気恥ずかしさが勝るんだろうな。
だが、そんな写真だからこそアイシス先輩の可愛さがより強調されているとも言える。最初は思っていた場所とは違うところに来たという感じだったが、これは良い場所に連れてきてもらえたな。
であるならば、このアイシス様ファンクラブでおれがすべきことが一つある。そう思い、おれはブリッド先輩の元に戻った。
「あの、ブリッド先輩。おれもこのアイシス様ファンクラブに入りたいんですが、なにか条件とかあるんですか?」
「おお、そうか! 入会条件はこのファンクラブの会長であるオレが認めるかどうかだが、もちろん庶務殿なら大歓迎だ!」
ブリッド先輩に認められるかどうかか。そういえば、平民で一星魔術師のおれを見ても特に誰も気にしてなかったし、アイシス先輩の考えに賛同しているかが判定条件の一つなのかもしれない。
「ありがとうございます。じゃあ、このファンクラブでもよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ! では、これが会員証だ!」
こうして、おれはアイシス様ファンクラブの会員、つまり『姫君の従者』の一人になった。