第53話 心の中で敬礼を
ダンジョンで昼食休憩を終えた後。
「さて、この後はどうする?」
「そうですね……。サフィアさんが楽しくないのなら、帰ってもいいと思いますが」
「そうね……。じゃあ、この階の探索を終えてなにもなかったら帰りましょ」
そう言って、サフィアは再びおれ達の先頭を歩き出した。少し前に「思っていたよりは楽しくない」と言っていたのに妙だと思い、おれは声をかける。
「意外とやる気がありそうだな?」
「もう少しでなにか良いことが起きるってあたしの勘が言ってるのよ!」
なにやら自信満々にサフィアがそう言い放った。うーん、大丈夫かなあ……? また、ミミックさんみたいなことが起きないといいんだが。いや、おれとしてはああいうのは大歓迎だけどね。
さて、道中だがまだ階層が浅いこともあり、大して強い魔物もいないようだ。そのため、特になにも起きることもなくおれたちは歩を進める。そして、そろそろこの階の探索も終わりだなというところで、サフィアがなにかを発見した。
「見て! 宝箱よ!」
「で、でも、またミミックなんじゃ……」
「大丈夫! きっと、今度こそ当たりよ!」
そう言って、サフィアは宝箱に向かって駆け出した。おれの魔眼で見る限り、あの宝箱からは妙な魔力は感じない。であるならば、サフィアのいう通り当たりなのかと思ったそのとき、走っていたサフィアの足元の地面が崩れた。
「えっ、嘘!? きゃあああああ!!」
「サ、サフィアさん!?」
「おれが行く! リミアはここで待っててくれ!」
おれはリミアの周囲に魔力障壁を展開してその安全を確保しつつ、<飛行>を発動して下の階へと落下したサフィアの後を追う。下の階まではけっこう高さがあったようで、幸いサフィアが地面にぶつかる前にお姫様だっこで抱きかかえ助けることが出来た。
「サフィア、大丈夫か?」
「……え、ええ、大丈夫よ、ありがと。また、助けられちゃったわね」
「まあ、おれもさっき美味しいお昼を頂けたしそこはお互い様だな」
そんな会話を交わしながら、おれはサフィアを地面に立たせた。あのままお姫様だっこをしながらすぐに上へ戻ることも可能だったが、サフィアには少し落ち着く時間があったほうがいいだろう。
そう考えたがゆえの行動だったのだが、どうやらその判断は誤りのようだ。というのも、この場所にはなにかがいる。そして、サフィアもそのなにかを視認したようだ。
「ひいっ!? な、なによ、あれ!?」
「たぶんクモじゃないか?」
「そうだけど、そうじゃないでしょ!!」
サフィアが声を荒げるのも無理はない。確かに、見た目はクモなのだが問題はその大きさだ。その大きさは普通の一軒家くらいはあり、思わず「デカ過ぎんだろ……」と言いたくなってしまう。
だが、おれは師匠との修業時代であんな風に大きい魔物を見たこともあるからな。それに、おれの中で大きなクモと言えば、最強の害虫ハンターと謳われたアシダカ軍曹だ。きっと、この超大型クモもアシダカ軍曹のような益虫に違いない。
と、思ったのだが超大型クモの目が俺たちを見てギロリと光る。そして、こちらに向かってその巨体が動き出した。
「いやあああああ!!」
「お、おい、落ち着け、サフィア!」
サフィアに落ち着けと言ったおれだが、内心ではすごい動揺している。だって、恐怖のせいかサフィアがおれに抱きついてきたんだもん。やはり、サフィアも女の子なのでその身体は柔らかいしい良い匂いがするしで落ち着かない。
「ねえ、今どうなってるの!?」
「とりあえず、魔力障壁を展開してあのクモの攻撃を防いでるから安心しろ」
「はやく倒してよ! あなたなら出来るでしょ!」
「分かった、任せろ」
おれは魔力障壁を壊そうと前足で攻撃を繰り返している超大型クモを見据えた。そして、魔法を発動しようとしたのだが、そこでとある重大な事実に気付いた。
「すまん、こいつは思っていたよりは厄介だぞ」
「ええっ!? う、噓でしょ!?」
「だが、大丈夫だ。おれが負けるなんてことはありえない。だから、しっかり掴まってろよ」
「う、うん!」
サフィア先ほどよりも強い力でおれに抱きつく。そして、おれもサフィアを安心させるように両腕で彼女の身体を優しく抱きとめた。
しかし、こいつは本当に厄介だな。だって、この超大型クモを倒さなければ、サフィアがこうしておれに抱きついていてくれるんだもん。出来れば、ずっとこうしていたいくらいだ。
おれをこんな素晴らしい状況に導いてくれたことだし、この超大型クモは敬意を込めて軍曹殿と呼ばせていただこう。
「ねえっ! まだなの!?」
「ああ、もう少し……」
時間がかかる、と言おうと思ったのだが、そこでとある重大な事実に気付いた。それがなにかというと、サフィアの身体が震えている。……そうだよな。最初からすごい怖がってたもんな。
おれはミミックさんのときと同様に軍曹殿の核であろう部分を魔眼で探し出し、そこをめがけて<疾風刃>を放った。そして、軍曹殿を一撃で安らかに逝かせてあげた後、<神聖不死鳥>、つまり神聖なる炎で火葬を行う。
そして、軍曹殿の魂を見送りつつ心の中で敬礼をしながら、サフィアに優しい声音で語りかける。
「サフィア。あのクモは倒したぞ。だから、もう大丈夫だ」
「ホ、ホントに!?」
「ああ、本当だよ」
「そっか、良かった……」
サフィアは安堵の声を漏らした。にもかかわらず、なぜかおれに抱きついたまま離れようとはしない。そこで、「どうかしたのか?」と問いを発したおれに対し、サフィアはまるで小さな子どもみたいに甘えるような声音で言葉を返してきた。
「……その、もう少しだけこうしててもいい?」
「……ああ、もちろんいいよ。それで、お前が落ち着いたらここを出て王都に帰ろう」
「……うん、ごめんね。それと、ありがと……」
……今回はサフィアに対し、本当に悪いことをしてしまったな。そのお詫びと言ってはなんだが、もしサフィアの身にまた危険が迫るようなことがあれば、そのときは命がけで助けてあげよう。
まあ、おれが命をかけないといけないような状況になるとは思えないがそう心に誓い、おれ達のダンジョン探索は終わりを迎えた。
53話を読んで頂きありがとうございました。
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