第51話 シュレディンガーの美少女
「あー、もう髪も服もベトベトじゃない。最悪ね……」
ミミックさんに噛まれていたサフィアがそう言った。嚙まれていたのは上半身なのでスカートのほうは無事だが、上のほうはサフィアのいう通りベトベトである。
「中は大丈夫かしら?」
サフィアはおれの目の前で地面に座り込んでいるのにも関わらず、服を少し引っ張って中を確認していた。その結果、おれの位置からも服の中が見えた。つまり、上の下着が見えた。色は先ほどと同じなので、どうやら上下で統一しているようだ。
しかし、下着は見えているのだが、胸の谷間や膨らみはまったく見えなかった。だが、これは位置関係のせいかもしれないので、サフィアの胸がまったくないとは言い切れない。いわば、シュレディンガーの胸と言える状態だった。
それと、またしても素晴らしい光景を見せてもらえたので、そのお礼としておれがミミックさんに感謝の祈りを捧げたのは言うまでもない。
その後、服の中の確認を終えたサフィアが口を開く。
「良かった、中は大丈夫みたいね。けど、これからどうしようかしら……」
美少女であるサフィアが困っているし、下着を見てしまったお詫びと見せてもらったお礼を兼ねてなんとかしてあげよう。
「よし、サフィア。服を脱げ」
「………………え、なに言ってんの、あんた?」
サフィアがゴミを見るような目でおれを見てきた。
「………………レ、レインさん?」
リミアが後ずさりをしながら、引いた目でおれを見た。
「いや、待て、違う! すまん、言い方が悪かった! 服を洗濯してやろうと思ったんだよ!」
「……なんだ、そういうことね。急になにを言い出したのかと思ったわよ」
「……そうですよね。レインさんがそんなことを言ったりしませんよね」
……ふう、危なかった。無事に誤解は解けたようだ。
「でも、こんな場所でどうやって洗濯するの?」
「そりゃあ、もちろん魔法でだ。とは言っても簡単に洗うくらいしか出来ないけどな。そうだ、ついでに髪も洗えるようにしてやろう」
おれは以前リミアのためにお風呂を作ってあげたときと同じような要領で、簡易的なお風呂場を作った。お風呂場とは言ってもそんなに広いスペースはないので大した物は作れてないが、髪を洗うのならこれで充分だろう。
「魔法でこんな物が作れるなんて、やっぱりレインはすごいわね」
「じゃあ、おれは外に出るから服を脱いだら囲いの上に投げておれに渡してくれ。で、おれは外で服を洗濯しておくから、その間にお前は髪を洗ってていいぞ」
「ええ、分かったわ。ありがと」
おれは<飛行>を使って囲いの外に出た。その後、数分と経たないうちに「いくわよー」という声とともに服が囲いの上から飛んできて、おれはそれをキャッチした。
……そういえば、他の服はどうなっているんだろう? 髪を洗うだけなら別に他は脱がなくても洗えそうだが、実は全て脱いでいたりするのだろうか? 別に、やましい気持ちは全然まったくこれっぽっちも存在しないのだが、つい気になってしまった。
まあ、言うなればこれはシュレディンガーの服と言える状態なので、気になってしまうのは仕方のないことだな。そう、仕方なかったってやつだ。
そうやって、純粋な知的好奇心からくる考えごとをいていたおれに対し、リミアが声をかけてきた。
「それで、どうやって洗濯をするんですか?」
「まあ、お風呂を作ったのと似たような感じかな」
おれは魔力障壁で洗濯機と同じくらいのサイズの箱を作りその中にサフィアの服を入れた。そして、<熱水>の魔法を発動し続けることで、箱内に水流を発生させ、洗濯機と同じように服を回転させて洗っていく。
まあ、当然ダンジョンに洗剤を持ち込んだりはしていないのでお湯洗いなのだが、その代わりに魔力を多めに込めているから汚れを落とすには充分だろう。
そんな要領でしばし洗濯を続け、頃合いを見て<熱水>の発動をやめ箱の中から服を取り出す。そして、<熱風>の魔法を使って服を乾かした。
「リミア。これで大丈夫か確認してくれるか? 男のおれがサフィアの服をベタベタ触るのもマズイだろうし」
「はい、分かりました」
そう言って、リミアは服を全体的に触って確認していった。
「……はい、大丈夫ですね」
「ありがとな。じゃあ、後はサフィア待ちだ」
サフィアに洗濯が終わったと声をかけようと思ったが、よく考えたら髪を洗ってる最中にそれをされても迷惑だろうしな。髪を洗い終えればサフィアのほうから声をかけてくるだろうし、それを待てばいいだろう。
そう思ってしばし待っていると、予想通りサフィアが声を発した。
「レインー。こっちは終わったわよー」
「分かったー。こっちも終わってるから服を投げるぞー」
先ほどとは逆の形となり、おれは囲いの中に服を投げ返しす。そして、サフィアが服を着たことを確認した後、出てこれるように吸収魔法で囲いを吸収して消滅させた。
「ありがと。おかげでスッキリしたわ」
「いや、これくらいは別にいいぞ。それより、良ければ髪を乾かすのを手伝うけどどうする?」
「んー、別にいいわ。炎魔法で少し温めたし、後は放っておけばそのうち乾くでしょ」
おれの善意の言葉に対し、サフィアはそう返してきた。……善意だよ。せっかくだから、美少女サフィアの髪を触りたいとか思ってないよ。ホントだよ。
こうして、サフィアの洗髪と洗濯タイムは終わりを迎えた。