第50話 敬意を込めて
おれ達三人はダンジョン内を進んでいた。
道中でたまに魔物が出てくるが、そいつらはおれやサフィアの下級攻撃魔法で簡単に撃退出来るレベルだ。どうやら、おれの思った通り入ってすぐの場所に強い魔物はいないようだ。
「あっ、見て! なにかあるわよ!」
先頭を歩いていたサフィアが発見したなにかに走って近づいていく。
「やった、宝箱よ! 二人ともはやくはやく!」
そう言って、ソワソワしながら手招きするサフィアに従い、おれとリミアも走ってサフィアの元まで行く。確かに、サフィアの言う通り宝箱であり、しかも人が一人入れそうなほど大きい。
だが、これは妙だなと訝しんでいると、おれが思ったのと同じことをリミアが口にした。
「ここって騎士団の人達が調査してるんですよね? それなのに、開いていない宝箱があるのはおかしいんじゃ……」
「でも、この宝箱があるここは横道だし、けっこう暗いわよ。きっと、騎士団が見落としたのよ!」
「うーん、そうでしょうか?」
「きっと、そうよ! そうに違いないわ!」
サフィアは声高にそう言い放つ。まあ、せっかく見つけた宝箱だし、なにか良い物が手に入ると期待するのは自然なことだろう。……だが、残念ながらその期待は外れのようだ。
「おれの魔眼でみた感じだとこの宝箱は魔物みたいだな。つまり、こいつは罠だ」
「! ……言われてみれば、なにか禍々しい気配を感じますね」
「……ふっふっふ。甘いわね、二人とも」
「どういうことだ?」
「そう思うことこそが罠なの。つまり、こいつは罠と見せかけてお宝よ!」
「あっ、おい、待て!」
だが、おれの制止の声はサフィアには届かず、宝箱がガバッと開かれた。
「暗いー!! 怖いー!!」
宝箱型の魔物、つまりミミックに上半身を挟まれたサフィアが足をバタバタさせながらそう叫んでいた。
……サフィアってもしかして、千年以上生きた魔法使いの親戚だったりしない? ほら、胸の大きさとかよく似てるし、髪型もツインテールだし。まあ、髪を結んでいる位置とか長さは違うけどさ。
「サフィアさん、大丈夫ですか!?」
「まあ、落ち着け、リミア。どうやら、大丈夫そうだ」
「え、どういうことですか?」
「サフィアはさっき痛いとは言ってなかったしな。見た感じ、ミミックに噛まれる前にちゃんと魔力を纏って防御したみたいだ」
「そうなんですね。良かった……」
おれの言葉にリミアは胸を撫で下ろしていた。だが、そんなおれ達に対し抗議の声が飛んでくる。
「冷静に分析してないで、はやく助けなさいよ!」
「レ、レインさん、どうしたら?」
「そうだなあ……」
サフィアを助けるために近づいたおれは、そこでとある重大な事実に気付いた。先ほどからサフィアは足をバタバタさせているのだが、そのせいで短いスカートが上下に揺れている。つまり、下着が見えたり見えなかったりを繰り返している。ちなみに、色はピンク色だった。
そんな光景を見たせいでつい固まってしまったおれを見て、リミアが不安げに声をかけてくる。
「……もしかして、レインさんでも助けるのが難しいんですか?」
「……い、いや、そんなことはない。どうするのが良いか少し考えていただけだ」
まあ、ある意味では助けるのが難しい。だって、もうしばらくこの光景を拝んでいたいんだもん。とはいえ、さすがにそんなわけにはいかないしな。で、助ける方法だが、シンプルでいいだろう。
おれは身体強化を発動し、力こそパワーと言わんばかりに右手でミミックのふたを押し上げ、左手でサフィアを抱きかかえて引っ張り出した。
「サフィア、怪我はないか?」
「……ええ、大丈夫よ、ありがと。さて、まずは……」
サフィアが右手を掲げて魔法を発動しようとする。これは、マズイ!
「待て、サフィア!」
「なによ? あたしは一秒でもはやくこのミミックを燃やしたいんだけど」
「……その気持ちを分かるが、待ってくれ」
確かに、サフィアとしてはそうしたいのだろう。だが、おれとしてはそうしたくない。だって、このミミック、いや、敬意を込めてミミックさんと呼ばせていただこう。
では改めて、このミミックさんには先ほど素晴らしい光景を見せてもらったからな。それを考えると、おれとしては助けてやりたいのが、サフィアの手前それは難しいだろう。なら、おれに出来るのは、せめて苦しませずに逝かせてやるぐらいか。
おれは魔眼でミミックさんの核であろう部分を探し出し、そこをめがけて<疾風刃>を放った。魔法の命中後、ミミックさんの魔力がしぼんでいったので、どうやら無事に一撃で逝かせてあげることが出来たようだ。
「……よし、これで反撃とかをされる恐れをなくなった。後は、一思いにやってくれ」
「分かったわ。くらいなさい! <烈火炎弾>!」
サフィアの魔法によりミミックさんの身体が炎に包まれ焼かれていく。そして、数分後にはミミックさんは完全に燃え尽きて消滅した。こうして、サフィアの手によりミミックさんの火葬を終えた後、おれは目をつむって両手を合わせ、ミミックさんの魂を見送る。
ミミックさん、ありがとうございます。おれはミミックさんのことは絶対に忘れません。どうか安らかにお眠りください。