第48話 対価の支払い
とある日の放課後、おれは王都で一番カッコイイ場所を訪れていた。それがどこかというと、もちろん紅き闇の館である。
「ミハエル。改めて盟約の指輪の件、ありがとな」
「構わないさ。それより、誘拐事件とは大変だったね」
「ああ。まさかあんな事件が起きるとはなあ……。まあ、無事に解決したから良かったけど。それで、念のため盟約の指輪の能力に関していくつか確認していいか?」
「もちろんいいよ。なんだい?」
そう言って、ミハエルは爽やかに笑った。相変わらず、この男はイケメンの擬人化みたいな奴だなあ。
「送魔の指輪のほうだけど、こっちには意図的に魔力を込めて受魔の指輪に合図を送るみたいな使い方も出来るんだよな?」
「ああ、そうだよ。だから、命の危険があるとかじゃなくて、なにか問題が起きそうだと判断したときに助けを求めるっていう使い方も出来るね。ちなみに、その機能があるから、魔道具の形状を指輪にしたんだ」
「魔力の操作は手が一番し易いからな。それなりの実力があれば、手を使わずに魔法を発動できるけど、送魔の指輪を付ける人は実力が低い可能性が高いし」
「その実力が送魔の指輪を利き手とは逆に付けたほうがいい理由だね。利き手の方に付けてしまうと、普通に魔法を発動しようとした際に、送魔の指輪に魔力を込めてしまい誤作動させてしまうかもしれないし」
盟約の指輪の機能に関して一応確認してみたが、おれの記憶通りで間違いないようだ。となると、他に確認しておきたいことは……。
「指輪の座標を知れるってことだけど、どのくらいの距離までなら大丈夫なんだ?」
「理論上はどれだけ離れていても大丈夫だよ。ただ、実際に確認したのは、この王都とここから東にある研究都市フォルンまでの距離だね。あそこは、その名の通り魔法や魔道具の研究が盛んな都市なんだけど、少し前に用があってそこに行ったから、ついでに確認してみたんだ」
「そこってこの王都からどれくらい離れてるんだ?」
「そうだなあ……。仮に、アークが<飛行>で飛んでいったとして、二時間くらいはかかるかな」
「それなら、かなりの距離があるな」
まあ、おれとリミアがそんなに離れたところにいることもないだろうし、盟約の指輪が発動したが遠すぎて場所が分からない、なんて問題はなさそうだな。
「聞きたかったのはそれくらいだな。じゃあ後は、盟約の指輪の対価の支払いか」
「そうだけど、本当にいいのかい? 今回は事情が事情だから、ボクとしては無料でもいいんだよ」
「……いや、さすがにそれは悪いからな。ちゃんと対価は支払うよ」
「分かった。じゃあ、約束通り、身体で払ってくれるかな」
そんな意味深な台詞を聞いた後、おれはミハエルに連れられて店の奥にある、とある部屋へと向かった。
*****
おれは今、盟約の指輪の対価を身体で支払っている。……具体的に言うと、おれの魔力をとある石に込めている。
「今おれが魔力を込めているこの石を魔石って言うんだっけ?」
「ああ、そうだよ。魔道具の作成には大量の魔力が必要だからね。さすがにボクの魔力だけじゃ厳しいから、普段は知り合いの魔術師に依頼して、この魔石達に魔力を貯めてもらってるんだ」
部屋の中を見渡すと、おれが魔力を込めているのと似たような石がたくさん置かれていた。どうやら、ここは魔石の保管庫のようだ。
「それにしても、やっぱりアークの魔力量はすごいね。これほどの魔力量を持った魔術師は見たことが無いよ」
「フッ、なんたっておれは特別な人間だからな。他の魔術師とは格が違うぞ」
「さすがだね、とてもカッコイイよ。……いや、しかし、本当にすごいな。盟約の指輪の対価の支払いが終わった後も、仕事としてお願いしたいくらいだよ」
「実際、おれの魔力量ならこれくらいの作業はなんてことないからな。なんだったら、支払いが終わった後も、雑談のついでに魔石に魔力を込めてもいいぞ。おれ達は親友だしな」
「それはとても嬉しい申し出だけど駄目だよ、アーク。親しき仲にも礼儀あり。そして、仕事には適切な対価さ」
おれとしては別に構わないのだが、確かにミハエルの言っていることが正しいな。仕事には責任が伴うし、その責任を負うためにもお金のやりとりは必要だろう。
この魔石の件に関しては、仮に無報酬でもおれは手を抜くつもりはない。だが、他の仕事をしていて、その仕事量に対して明らかに給料が安かったりしたら、責任感を持って真面目にやろうなんて気にはならないだろうしなあ。
そして、おれが魔石に魔力を込め始めてから一時間くらい経った後、ミハエルが口を開いた。
「じゃあ、今日はそろそろ終わりでいいよ、アーク」
「いいのか? まだまだおれはやれるけど」
「アークにとっては今日が始めての作業だしね。それに、普段から魔石には余裕を持たせてあるから、今日はこれで大丈夫だよ」
「分かった。でも、対価の支払いとしてはまだ全然足らないよな?」
「それはそうだね。だけど、それに関しては別に急ぎじゃないし、アークの好きなペースでやってくれればいいよ」
「そうか、ありがとな」
相変わらず、気遣いの出来るイケメンだなあ。おれもこの気遣い力を見習わなければいけないし、なんならイケメン力も見習いたいところである。
こうして、おれの身体での支払い(意味深ではない)による本日の作業は終了となった。